第13話

 俺はふと大事なことに気がついた。


「橘、今気が付いたんだが、俺達は袋のネズミなんじゃないか?」


「何故ですか?」


 俺達がここへ入る所を見られただろ。だからずっとあそこで見張っているんじゃないか?で、出た所を一網打尽に


「別の所から出ればいいのです」


 そう、別の所から…出られるのか?


「というよりも、どうしてキョンさんは同じ所からしか出入りできないと思ったのです?」


 橘が心底不思議そうな顔で逆に聞いてきた。何故だろう。たぶん、古泉と閉鎖空間に入った時に同じような所から出入りしたからか。


「うーん…キョンさんはどうしても佐々木さんと涼宮ハルヒさんの空間を同じものと考えちゃってますね。全然違うものなんだけどな」


 神人の有無と色の違いの他に何かあるのか?橘はエヘンと咳払いをした。


「じゃあ専門家である私が懇切丁寧一から教えてあげるのです」


 ああ頼む。そのまえに、と橘はぐっともったいぶる動作をした。


「腹ごしらえといきましょう」


 何のタメだったんだ、今のは。とはいえ、この中にいると時間感覚がなくなるので飯を食うタイミングだったのかもしれない。ちなみに何が作れるんだ?


「何でもできますよ。チキンカレーにポークカレーにビーフカレーに」ありがとう、シェフの気まぐれで頼む。橘は鼻歌を歌いながら広間を出ていった。せっかくだから俺も何か手伝うか。ていうか、本当にあいつ作れるんだろうか。


 俺の心配をよそに、橘はわりかし手際よく野菜を切っていった。そういえば、長門が倒れた時にハルヒも手際よく作っていたのを思い出した。ぐつぐつとカレーのうまそうな匂いがする鍋の中に、橘が茶色い塊をドサドサ放り込んでいった。ルーを追加したのかと思いきや、突如甘ったるい香りが不協和音のようにし始めた。


「お前最後に何を入れたんだ?」


 え?っと橘は余っていたその茶色い塊をもぐもぐと食べていた。


「チョコですけど?普通入れますよね?」


 入れてたまるか。隠し味のつもりかもしれないがお前それ隠せてないだろ。


「まあその辺は各家庭の味ってことで」


 今しゃべりながらふたを開けた瓶に『いちごジャム』って書いてあるように見えるのは俺の目の錯覚だよな。


「そうですけど。マーマレードの方が好きですか?」


 橘が作っていたのは飯だったはずだが、いつからスウィーツになった。


「もしかしてキョンさん、ぜんざいに蜂蜜も練乳もかけずに食べる派ですか?」


 落語を聞いてるんじゃねえぞ。今目の前で料理してるやつのセリフだ。ぜんざいの食べ方に派閥まであるのかよ。そうこうするうちに出来上がったブツ、もといカレーだったなにかを、橘は嬉々として皿に盛り付けた。


「京子特製がっつりとろっと甘口カレーなのです」


 ダークマターみたいなんだが?何の拷問だこれは。匂いにつられたのではたぶんないのだろうが、ふらりと藤原が顔を出した。丁度いい、お前も食べろ。鍋いっぱいあるんだからな。


「それじゃ、いただくとしよう」


 え、何でこいつ普通に席に着けるんだ?俺には食べ物なのにちょっとした威圧感を感じるんだが。


「「いただきます」」


「…いただきます」


 藤原はモグモグと普通に食べていた。橘はというと…ニコニコしながら俺が食べるのを待っている。せっかく作ってもらっておいて食べないってのも悪いし…うん、ひょっとしたら普通に上手いかもしれん。藤原も普通に食べてるみたいだし。俺は初めて蟹を食べた人と同じくらいの勇気を持って激甘カレー(?)とライスを混ぜ合わせスプーンを口に運んだ。


「意外だったな」


 水を飲みながら藤原が俺を見た。


「あんた、甘党だったのか」


 俺は松田優作よろしく噴き出した。

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