第11話

『機関』


 俺の知っている機関の大人達…新川さん、森さん、多丸さん兄弟。どの人もやさしそうだったが、朝比奈さんが誘拐された時など、敵に対しては一切の容赦がなかった。もし機関の面々が佐々木を敵と見なしているのだとしたら、躊躇ったりはしないだろう。


「少し話がそれてしまいましたが、月曜日と火曜日にあなたが体験したことは説明しました。月曜の夜、涼宮ハルヒさんの身に何かが起こり、そして火曜日のうちにこの周辺の人間に対する大規模な記憶操作が行われました。朝倉涼子が復活していたのもこの作業を早期に終わらせるためだと思われます」


 そうか…。部室でメールが届いた件、というより、それまでにメールが届かなかったのはどうしてだ?


「九曜さんが、情報統合思念体の仕業だと教えてくれました。あなたの携帯は如何なる情報も受信できなくなっていたのです」


 俺の携帯はそんなことになっていたのか。全く気付かなかった。ならどうして部室ではメールが受信できたんだ?


「それはあなたがあの部室に入ってくれたから。あの部室は、いってしまうと情報が飽和しすぎてしまっていて、もうそれ以上の要素を受けつけなくなっているの。だから、あなたの携帯に仕掛けられた情報操作も無効化されたのです」


 そういえば、カマドウマの時に古泉が同じようなことを言ってたっけ。本当にあの部室は魔境と化していたのか。


「だけど、あなたがメールを見てしまったことは長門さん達もすぐに気がついたから、あなたが待ち合わせ場所に着くまでに私を誘拐したのです」


 そう、それも気になってた。誘拐されたのはお前じゃなかったのか?


「誘拐されたのは橘京子で間違いない。ただし、今ここにいる橘京子ではなく、24時間後の異時間同位体だ」


 藤原が割って入って説明した。なるほどね、以前俺と朝比奈さんがやったことをなぞったわけだ。だがどうしてわざと誘拐させたんだ?


「そうでなければあんたが連れ去られただろうからな。武装した人間ならまだしも宇宙人相手だと九曜でも救出は難しい。それに、あんたは無条件で僕達を『敵』と認識しているからな。一旦向こう側に行ってしまえばこちらの話を聞かないだろう?」


 おい、ちょっとまて。さらっと流したが、24時間後の橘は今何処にいるんだ。


「組織から連絡がないから、まだ追跡中か取り逃がしちゃったかも。あの朝倉さんとかが出てきてたら、追跡隊が全滅した可能性もありますし」


 なにのほほんと言ってるんだよ。早く取り返しに行かないとマズイだろ。


「しかしどうやって取り返す?九曜がいない今、武装した傭兵と宇宙人相手に何をするつもりだ」


 だからって何もしない訳にいかないだろ。それに機関にとって橘は敵対組織の幹部なんだろ。前に朝比奈さん(大)が自分を身代りに使ったのは、機関がすぐ取り返すのが前提だったからなわけであって。


「あんた、まだこっち側の状況が分かってないみたいだな」


 藤原がそれまでとうって変わって突き放すようないい方をした。


「橘が危ないって?何を今更なこと言ってるんだ。九曜は実際に殺されかけてたじゃないか。将棋で考えてみろ。向こうからみて佐々木は玉将だ。あんたは飛車、橘は銀将。相手はあんたと橘が接触するのを防ぎたかった。だからどちらかを『取る』ことにした。僕達はあんたの方を守るために橘で受けた。まぁ明日まではもう一枚銀将があるわけだが」


「…他に何とかならなかったのかよ」


「なっていればやっていたさ。だがこっちはこっちでいっぱいいっぱいなんだ、向こうと違ってな」


 俺は言葉が出なかった。


「向こうが狙ってくるものがわかっている以上、僕達は全ての駒を使って死守するまでだ。そのためにあんたの協力が必要になってくる」


 重々しい沈黙になった。


「ちょっと場所を変えましょうか。幸いこの近くにうちの組織の隠れ家があるし、続きはそこでしましょう」


 橘が努めて明るい調子で言って歩き出した。

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