第9話

 目を開いた俺は急に視界に色が戻っていることに驚いた。九曜の作った雪山の時の空間でなくなっている。 場所もさっきのところとは違うところのようだ。


「おい、まだ終わってないぞ」


 藤原が苦々しげに呟くと同時に、車のブレーキの音が聞こえた。みると、俺達を取り囲むように車が停車していた。


「こっちなのです」


 今度は橘に手を引っ張られると、ドアが開く音が途中で消えて、セピア色に世界が塗り替わった。


「いい場所に飛んでくれたわ」


 展開が早すぎてついていくのがやっとだが、藤原が時間と場所を飛んで、橘の力で佐々木の閉鎖空間に入ってきたようだ。藤原におんぶされていた佐々木を橘がゆっくりと地面に寝かせた。佐々木は苦しそうではあったが、どこか怪我をしているというわけではなく、気を失っているだけのようだった。


「九曜さん、大丈夫かな」


「僕たちが逃げられただけ御の字と思うことだ。それに、九曜は簡単にくたばったりはしない」


 藤原が変わらない調子で答えた。お前のそういうところ、俺は嫌いだ。


「奇遇だな。僕もあんたのことは嫌いだよ。それに、好かれたいとも思わない」


「喧嘩しないでよ。今は協力しないといけないのだから」


 橘が窘めるように言ったので俺と藤原はそれ以上言いあうのをやめた。



「私が説明する前に、あなたが知っているのか教えてもらえる?」


 しばらく後、橘京子が俺に尋ねた。俺は最近起こったことを順々に話した。月曜日にハルヒが体調を崩していたこと。その日の夜にハルヒの助けを求める夢を見たこと、古泉達と連絡が取れなくなったこと。翌日ハルヒ達4人が学校を休んだこと。長門のマンションに消されたはずの朝倉がいたこと。そして今日、学校に行ったらハルヒは一年のころから休学、古泉達は元々在籍すらしていないことになっていたこと。にもかかわらず、部室は元のままで、そこで佐々木の携帯から橘のメールを受け取ってあそこに行ったらお前が誘拐されてて…そういえばお前、誘拐されたんじゃなかったのか。


 橘はじっと目を瞑って考え込んでいた。


「私のことは後で説明するとして、彼女たちが何の目的で佐々木さんを狙うのか、現時点では私達にも分かりません。なので、わかっていることを伝えます」


「私たちにとって、事の起こりは月曜の夜でした。私の前に藤原が現れたのが最初」


 藤原が、ね。春先の一件で消息不明になっていた藤原が、橘の前に現れたわけだ。


「『4年前からこの時間平面に存在し続けていた時間断層が、完全に消滅した』って。どういう意味か分かる?」


 朝比奈さんがこの時代に来た原因である、時間の歪みが無くなったということは。


「お前の知っているハルヒとかいう女は、その力をすべて失った」


 橘の言葉を引きつぐように、藤原が答えた。

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