幕間・一
「……おい、何だ?これ」
白いヘルメット、白い作業服、白いミリタリーブーツに身を包んだ眼鏡の男が、液晶に顔を近づけて呟く。眼鏡の男の背後でパイプ椅子に腰掛け、足を組んで寛いでいた髭面の男が歩み寄り、眼鏡の男の肩越しに画面を覗き込むと、そこには研究所の敷地外に鬱蒼と生い茂る木々が映し出されていた。
眼鏡の男が液晶に指を当てる。木々に隠されるようにして、人影が動いている。
「こいつ、何してるんだ?」
「わからない。さっきまで蹲ってたんだが、急に立ち上がって……」
画面の中の人影が再び膝を付き、両手を地に押し当てた。
数秒の沈黙。
「な……」
轟音と共に、うねる樹幹が地表を押し割って姿を現す。
言葉を失った二人の男が二、三度瞬きを繰り返す間に、異常な速度で生長した二本の樹は完全に人影を覆い隠した。人の力で開閉するのは困難なほど厚い金属で作られたシャッターはアルミホイルを握り潰すようにいとも簡単に歪み、操作盤に設けられた警告ランプは一度の点滅さえ許されず樹脂の欠片に成り果てる。鉄筋製のフレームをも飲み込み、雲を裂かんと上方へ伸び続けていた樹木はやがて動きを止め、枯葉を振るい落としながらセピア色に染まっていった。
急速に枯れゆく枝葉の間で、人影が一歩、足を踏み出す。室内に侵入者を知らせるアラートが鳴り響き、弾かれたように髭面の男がドアノブに飛びつく。数秒遅れて眼鏡の男も立ち上がり、ドアの傍らに立てかけられた警棒を握り締めて駆け出した。
遮るもののなくなった画面の中で、人影が肩越しにカメラを振り返る。
赤い双眸。
くすんだ藤色の髪が音もなく風に揺れる。
男は静かに踵を返し、降り積もった落葉を踏み付けながら研究所の建屋に向かって歩き出す。二本の枯木はその後姿を見送り、互いに寄りかかる形で傾いだ後、砂のように崩れ去った。
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