7.絶品定食と新人の推理

an amazing set meal and a rookie's reasoning


 事情聴取のあと、二人は管内に戻って昼食を摂った。

 これと言った個性のないこぢんまりとした店構えの定食屋で、品揃えもありきたりだったが、従業員が忙しく立ち回り、客の回転率も良い活気のある店だった。一番奥の壁際席に案内され、鍋島は日替り、芹沢は生姜焼き定食を注文し、鍋島がお冷を一口飲んだところで言った。

「――ほんまにただのバイト仲間なんか」

 おしぼりで丁寧に手を拭いていた芹沢は上目遣いで鍋島を見た。「どういう意味ですか」

「いや、美人やったし」

「……ああ、そうか」芹沢はため息をついて椅子の背に身体を預けた。「名乗られて初めて思い出した相手ですよ」

「忘れたフリしてたんやなくて?」

「何の目的で」と芹沢は笑った。「意味ないでしょ」

「確かにな」と鍋島も笑った。

 そこへ料理が運ばれてきた。二人はほぼ同時に「早っ」と言って思わず顔を見合わせ、バツが悪そうに視線を外した。

「――で、どんな感じ」

 小皿の醤油にわさびを溶きながら、鍋島が言った。

「えっ?」

「せやから彼女。平気で嘘つきそうな人間か」

「どうだろうなぁ。真面目な感じではあったけど」芹沢は箸を割った。

「ぅんま!」

「は?」

「この刺身。日替わり650円のレベルを軽く超えてる」鍋島は目を閉じて味わうように頷いた。「注文して正解やった。正直、期待してへんかったけど」

「……そうですか。良かったですね」芹沢は呆れたようにため息をついた。

「あ、ごめん。それで?」

「だから、そんなに知らないんですって。一緒に働いてた期間も短かったし」

「どのくらい」

「一年もなかったと思う。半年くらいかな」

「なんでそんな早よ辞めたんや」

「え、俺を尋問?」芹沢は箸で自分を差し、小さく笑った。

 鍋島は構わずに続けた。「ほんまにホストに鞍替えしたとか」

「やるわけないでしょ。女の機嫌取るなんてめんどくせえ」

「言うねえ。っていうか言うてみたいわ」鍋島は苦笑した。

「それを仕事にするなんて嫌だ、っていう意味ですよ」

 芹沢は言うと生姜焼きを頬張り、大盛りの白米を箸に取った。「これも旨い」

「大学は違たんか」

「ええ。彼女、結構頭良かったんじゃないかな。国立大だったような」芹沢は頷いた。「大学院に行ってたし」

「あそっか。二十九歳やもんな」

「被害者っていくつでしたっけ」

「二十五」

「俺とタメか」芹沢は考え込むように俯いた。「でもまあ、恋愛関係がこじれて、ってのも無いことはない」

「そのくらいの年の差、珍しいこともないし」

「仮にそうじゃなかったとして、だったらどうして彼女の部屋に行ったのか、ってことになりますよね」

「一方的に想いを寄せてたのかも知れんで」

 鍋島は言って小鉢の和え物を箸に取り、芹沢を見た。「それが度を越してた」

「ストーカー?」

「うん。それで恐怖を感じた彼女が反撃に出た。言わば正当防衛や」

「なるほど。被害者は自分のストーカー行為がバレるとヤバいから、記憶がないと言ってると」

「彼女は彼女で、やっぱ正直には言えへん。理由があったとしても、刺したわけやから」

 鍋島は言うと味噌汁を飲み干した。「――ま、極めて無難な推測やけどな。証拠がないことにはただの空想や」

「……きっとそんなとこなんでしょうね」と芹沢はため息混じりで呟いた。

 鍋島は芹沢を見た。「残念に思うのは当然や。短い付き合いとはいえ、旧知の相手を挙げたくはないやろ」

「いや、そういうことじゃなくて」芹沢は一度だけ手を払った。「彼女、その――何というか、極めて正義感が強かった印象があって」

「せやから犯罪は犯さへんて?」鍋島は意外そうに目を見開いた。「逆に、だからこそストーカーには厳しかったんと違うか」

「うーん、そういうのともちょっと違うんだけど」

「ほななんやねん」鍋島はちょっとムッとした。「勿体つけんなよ」

「怒んないでくださいよ」

 芹沢は苦笑して、食べ終わった膳を少し脇に寄せた。

「一緒に働いてた当時、一度、店長とバイトリーダーが揉めたことがあったんですよね。理由は忘れたけど、結構こじれて。で、彼女は関係なかったのに、いつの間にか両者の関係修復の仲介役をやってて」

「正義感が強いって言うより、ただのお節介やろそんなもん」鍋島はふんと笑った。

「そうなんだけど、決して自分から進んでお節介してるわけじゃなくて――逆に彼女は望んでなかったのに、成り行き上そうなってたって言うか」

「誰かに頼まれたってこと?」

「たぶん、そうだったんだと思いますよ」芹沢は頷いた。「人望はあったから。学生バイトって言っても院生だから、フリーターの連中とも年が近かったし」

「で、今回もそんな感じやないかって」

「どうもそんな気がするんですよね。確信があるわけじゃないけど」

「実は事情を知ってるのに、知らんふりしてるってか」

「うーん、たぶん」芹沢は首を捻った。

「具体的には? 誰かを庇ってるとか?」

「わっかんないけど、そういうような」

「ふうん」

 鍋島は気のない返事をすると、割箸を丁寧に袋に戻して合掌した。

「あ、あくまで俺の私見ですよ。ど素人同然の新人刑事のね」

 そう言って芹沢が微かに笑みを浮かべながら自分をじっと見つめているのを極めて不愉快な気分で受け止めると、鍋島は目を細めて言った。「別に俺は何とも思ってへんよ」

「え? 何がですか」芹沢は笑みを引っ込めていた。

「…………」

 鍋島はハァっとため息をついた。そして彼もまた目の前の膳を少し左にずらすと、空いたスペースで両手を組み合せて言った。

「そんなに先輩風吹かせてる? 俺」

「は? 何それ」芹沢は水の入ったコップを口元に運んだ。

「そんな自虐言うて、拗ねてるやん」

「だから何のこと」と芹沢は笑った。「拗ねるって、何さ」

「拗ねてないとしても、気ィ悪うしてるんやろ」鍋島は身体を起こして腕組みした。「ま、俺かて刑事やってまだ一年しか――」

「面倒くさいですね鍋島さん」

 芹沢が強い口調で遮った。そして、話すのをやめて硬い表情で見据えてくる鍋島を、彼もまた真顔で見返した。

「……思い出したわ」やがて鍋島が言った。

 するとそこへ店員がやってきて、二人の膳を下げていった。食事が終わったのならさっさと勘定を済ませて出て行ってくれ、と言っているようだった。

 鍋島は財布を持って立ち上がった。同時に席を立った芹沢に一瞥をくれると、口元に不敵な笑いを湛えて言った。

「疲れるだけやったな。いちいち突っかかるのは」

「……ええ。ホントそれです」

 芹沢も言ってふんと笑った。



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