第3章 それぞれの親密

第19話「立ち聞き」

春樹は、私のほうをチラっと見て、うつむいた後、

二人にハッキリと聞こえるように、こう言った。


「ごめん、立ち聞きするつもりはなかったんだ」


私に言ったのだろうか。

それとも、黒髪の彼女に言ったのだろうか。


春樹はうつむいたまま、

どちらにも顔を向けることはなく、

そのまま立ち去った。


黒髪の彼女と私の間に、異様な雰囲気が漂った。


状況が、

状況が、全く分からない。


私と黒髪の彼女は、

春樹に聞かれてはまずい話をしていたわけではないはず。


きっと今、私の混乱が

あからさまに表情に出ているに違いない。


そんな焦りからか、

どうしよう、また言葉が出てこない。


この沈黙と、異様な雰囲気に耐えられず、

今すぐにでも逃げ出してしまうというのが、

いつもの私だろう。


だが、今日の私の足は動かなかった。


好奇心と恐怖心の狭間で、

どうしても、

黒髪の彼女の、次の言葉を待っていたかった。

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