第6話 来日した理由
「さて…と」
大きく深呼吸をした私は、不意に呟く。
9月の中旬の月曜日。私はこの時、タルタロスでライブ演奏をした
それにしても、あの“感想用紙”をどうやって日本円に変えているのかが、謎だわ…
銀行を出た私は、横断歩道にて立ち止まり、考え事をしながら信号が青になるのを待つ。
毎週月曜日にライブビューイングのイベントを実施した後、ライブを見た
まぁ、知ってはいけない事を知ってしまったら、色々危険がありそうだし…あまり探ろうとはしないのが懸命よね…
私がそんな事を考えていると、信号が赤から青へと変わり、周囲にいる歩行者達も歩き始める。そして、横断歩道を渡った先に、一台のバスが停車しているのを、私は目にしていた。
そういえば、この街も空港バスが停まるのね…
そんな事を考えていた私の視線の先には、空港から直行で到着した高速バスから降りて来る人々の姿がある。何人かの旅行者っぽい恰好をした人間達が、バス会社のドライバーが出したスーツケースを受け取り、各自で散っていく。
あれ…?
するとその中に、色が白い白人の旅行者らしき男女が現れる。普段ならば、「この街に住む外国人だろう」と思って素通りするが、この日の私は、それができなかった。
「あ…おーい!!」
男女の内、こちらに振り向いた女性が私に対し、手を振り始める。
「あー…やっほー…」
声をかけられた事に気が付いた私は、棒読みのような返しをしていた。
この後、何か一波乱ありそうな予感を、私はこの時感じていたのである。
※
末若さん、遅いですね…
一方、タルタロスの受付にいたわたしは、末若さんの戻りが遅い事を心配していた。
ライブビューイングでライブを実施してくれた
今、他のスタジオを使用している
わたしは、紙に書かれた本日のスタジオ利用状況を見ながら考え事をしていた。
末若さんと同じ鬼であるわたしも、彼女と同様に分身の術を使える。しかし、回数の頻度が少ないか、元々持っている才の影響か――――――――どちらかというと、わたしより彼女が使う分身の術の方が色んな行動に長けているため、優秀といえる。故に、毎週月曜日開催のライブビューイング時は、彼女が
「おや」
突如、スタジオ入口の扉が開く音を、わたしは耳にする。
末若さんが戻ってきたのかと思いきや、扉は開いても外から人物が入ってくる気配がない。
「よいしょ…っと!」
「末若さん…その荷物は、一体?」
その後、2つのスーツケースを担いだ末若さんが、現れる。
彼女が持っていた荷物に対し、わたしは疑問しか浮かばなかった。
「ハロー!元気にしてルー?」
「……その声は……」
その後、わたしにとって聞き覚えのある声が外から響いてくる。
また、末若さんがしらけたような視線を向けている事が決定打となり、わたしは来訪者が何者かを知るのであった。
「オォ!綺麗なスタッフルームですね!!」
タルタロスのスタッフルームに入った際、彼―――――――――――――アンドレア・K・スローンが、今の
「流石ハ、優喜がオーナーをやっているだけの事はあるわね」
そんなアンドレアさんの後ろから入って来たフィリパ・ヘザー・カルティは、わたしに視線を向ける。
今現在、受付の業務を末若さんに任せ、わたしが二人の対応をしている状態であった。腕時計の針は15時を過ぎたくらいのため、まだアルバイトの二人は来ない時間だ。
いずれにせよ、末若さんに彼ら…特にフィリパさんに接待してもらう訳にはいかないですしね…
わたしは、彼らのスーツケースを壁際に移動しながら、そんな事を考えていた。
「長旅、ご苦労様です。…で、事前連絡なしで来た訪問の理由は?」
「そうねー…。あ、ありがと」
ソファーに腰掛けたフィリパに問いかけながら、わたしは麦茶の入った紙コップを手渡す。
フィリパさんに渡した後、同じものをアンドレアに手渡す。
「ありがとうございまス、優喜さん」
紙コップを受け取ったアンドレアは、満面の笑みを浮かべながら麦茶を一口飲む。
「事前連絡しないのは、当然でしょ?まぁ、今回のメインは当然東京観光だけど…。もちろん、仕事もちゃんとやるわよ?」
するとフィリパさんが、質問に対して疑問形で返してくる。
末若さんが、彼女を苦手とする理由が、こういう時はわかる気がしますね…
わたしは、内心でそんな事を考えていた。
今回、このタルタロスを訪れた二人の外国人は、イギリスのロンドンにあるタルタロスの従業員で、わたしや末若さんと同様、鬼でもある。タルタロスの従業員である我々は2年に1度だけ、自分が所属しているスタジオ以外の場所に出向き、仕事状況を把握するという仕事があるのだ。
その際の決まりで、「スタジオ訪問は事前連絡をしない」という鉄則があるのを、わたしはこの時に思い出したのである。
「そうでしたね…。じゃあ、夕方になったらアルバイトの二人が来るので、彼らともご挨拶をお願いします」
「了解したわ」
わたしは、ポーカーフェイスをした状態で軽く会釈すると、フィリパさんは承諾してくれた。
その後、旧知の仲でもあるわたしたちは、多くの事を語っていた。
ロンドンにあるタルタロスは、わたしや末若さんが担当する
「あのビー●ルズ?やらも、一度来た事あるわね」
「なんと…!!世界的に有名なバンドなので、お忍びなのでしょうが…。それにしても、百合君が聞いたら、かなり食いついてきそうな話題ですね…」
「優喜さん。その“百合君”というのは、もしかして…?」
「…はい。人間であり、
わたしたちは、イギリススタジオを訪れた
フィリパさんが告げていたように、このタルタロスには、アマチュアの方はもちろん。時々、メディアにも多く出演するような有名人が、ライブビューイングを行うために訪れる事がある。
それはもちろん、観客が三途の川を渡る前の死人である事で、SNSなどを使って噂される心配もなく、記者などに追いかけまわされないよう我々が尽力している事が大きいのだろう。
また、最近知ったことだが、この“タルタロス”という音楽スタジオの存在はいつからか音楽業界の中で広がっていたらしい。
「それにしても、このスタジオは4つの中で一番新しいだけあって、建物自体も綺麗よね!」
「えぇ…。わたしがアメリカのスタジオへ初めて訪問した際は、建物もかなり年季が入っているように見えましたしね」
「そういう意味では、
わたしがアメリカのスタジオへ訪問した時の話をすると、フィリパさんがため息交じりでそう告げる。
「日本人は真面目で誠実ナ人が多いと聞くので大丈夫だと思いますが…。パパラッチには、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます、アンドレアさん」
自国の話が出たためか、アンドレアさんが少し心配そうな表情をしながら忠告してくれた。
わたしも、まだこのタルタロスで、“パパラッチ”には遭遇していないので、このアドバイスは正直嬉しかったのである。因みに、わたしを含むタルタロスの従業員は、各スタジオがある国の言語―――――――――すなわち、英語・日本語・中国語の3か国語が話せる状態にある。そのため、先程から日本語で話すアンドレアさんとフィリパさんには、少しだけ発音の訛りがある状態となっている。
「
一方で、フィリパさんは、ため息交じりでアメリカスタジオの面子の話をしていた。
彼らは“パパラッチ”と称してはいるが、日本でいうならば、“マスコミ”と呼ばれる存在。確かに、国民的人気を誇るアーティストがお忍びで通っているスタジオなどが存在すれば、取材してみたくなるのも道理だ。
しかし、そのアーティストの価値にあまり興味ない
今後、そういうしつこい記者が現れない事を祈るしかありませんね…
彼らと話す中で、わたしは不意にそんな事を考えていた。
「優喜!」
「おや…末若さん。どうかしましたか?」
会話をし始めてから1時間近く経過した頃、末若さんがスタッフルームに現れる。
「あら、亜友未!お疲れ様~!」
「ど…どうも…って、それより優喜!!」
「声が大きいですね…。で、どうしたんですか?」
末若さんの受け答えがあまりに大きかったため、わたしはため息交じりでもう一度問いかける。
「今さっき、連絡があったの。
「そうですか…困りましたね…」
イギリスの二人がきょとんとしている中、わたしは腕を組みながら考え込む。
今宵は、ライブビューイングの日…。
わたしは考える。今日が月曜日でなければ、わたしと末若さん。そして、夕方から出勤する櫻間さんで回す事は可能だが、ライブビューイングの日は、なるべく2対2で業務を執り行う方がやりやすい。
臨時休業する訳にもいかないため、どうすればいいか考えていたその時だった。
「それだったら…。今日だけ、私達が手伝ってもいいわよ?」
「!!」
そう提案してきたのは、先程から話を聞いていたフィリパさんだった。
この時わたしは、「その手があったか」と言いたげな
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