強襲


『精密射撃か、このあたりじゃ当たれば何でも良いってヤツが多いからな』


「需要と供給か、難しい話……ん?」


 ダンザがふと何かに気づいたように適当な場所にAGATAを発砲すると、再び周囲がザワついた。


『ハァー……こちらHQ、報告を』


 先程の担当者とは別の男からの通信が入った。後方ではなにやら騒ぎ立てている声がするが、此方には関係の無い事とばかりに返答をするダンザ。


「いや、何かに見られた気がしたんだけど、気の所為かもしれないし……そうではないかもしれない」


『曖昧な物言いだな、もう少し要点をまとめて話せ』


「偵察兵が居たと思うんだが上手く逃げられた可能性が高い。とはいえ脅威度も然程だろうし、放置で問題ないとは思う。それとも居るか居ないか分からない歩兵をポーターを使って駆り立てるか?」


『HQ了解、頼むから発砲前に声をかけてくれ、オーバー』


「……何かHQで揉めてるな」


『ダンザの対応とかについてじゃないかな?』


 ラルフェがそう言うと、ダンザは首を傾げながらもその言葉を聞き流した。


『っと、こっちもそろそろ引かせてもらうぜ、まもなく移動再開との事だ。幸運を』


「ああ、そっちも気をつけて」


 そう言って、再び隊列に戻っていく輸送トラックを視線で見送りながら、改めて周辺索敵を開始するダンザ。とはいえ、このポーターでの索敵には限界がある為に軽く行うに留めてはいる。


 その後、少し考えた後、おもむろに通信機をONにしてHQとやらに連絡を取った。


『HQだ、何か発見したか』


「周囲に目立った物が無いから、ポーター乗りの連中に食事と水分補給でもさせたらどうかと思ってな」


『……ポーター乗りに吐かせるつもりか?』


「此処で追加の襲撃が無いって事は、此方が聞いている移動行程を踏まえると近日中の夜か明け方にかけて奇襲を仕掛けてくるつもりなんだろう。昼間はまずないと見て良い。相手の方が第2世代型のポーターの数を揃えているならまだしも、今回の陣容を考えれば相手側がただのアバドンなら奇襲以外に選択肢は無い。恐らく先の奇襲は此方の動きを見る為の威力偵察、本番は別にあると考えて良い。なら、正しい意味で休めるのは今ぐらいだ」


『……了解した、一応進言はしてみる。そちらは好きに休んでくれて良い』


「もう休んでるよ、携帯食は此方でも用意しているが、温かい飯があるなら貰いたいな」


『後で運ばせる、オーバー』


 通信が切れたのを確認すると、アイマスクをつけて座席に横になるダンザ。VHのポーターのコックピット内部は、パイロットの動ける範囲が狭い代わりに睡眠を取る為に座席を横倒しに出来る仕様となっている。


「さて、何が出るかね。ラルフェ、仮眠を取るから隊列が動き出すまで任せた」


 そう言って、ダンザはポーターを護衛対象の輸送トラックに戻らせると、浅い眠りへと落ちていった。


 ◆◆◆


 とっぷりと日が暮れた後、荒れ地と砂漠の境界線。その狭間で緩やかに移動するバギーが一両。運転手の表情は険しく、同時に無念が滲んでいる。


「此方FOX1、まもなくそちらに到着する」


『此方FOX3、浮かない声だな、何があった?』


「新人がトチって殺された」


 僅かに悔恨を滲ませる少女の声。だが、彼らはプロでありある程度の生き死には割り切っている。


『……そうか、それで……ただ殺されただけじゃないんだろ?』


「ああ、相手の防衛に相当ヤバイポーター乗りが居る。警戒されていてシルエットしかわからなかったが、ヴァイツヘルムの改造モデルを使っていた。腕前は……最低でも2機でかからないと、此方が落とされてもおかしくない」


『実力はまだしも、警戒されていた?』


「どういうカラクリか、此方の待ち伏せが察知されていた。私も遠目から双眼鏡で見ようとしたら、かなりの至近弾を撃ち込まれてしばらく気を失っていた」


『チッ、直感が良すぎるタイプか。その感じだと直に見ると気づかれると見た方が良い、そっちも気絶してなきゃ死んでた可能性がある。運にはまだ見放されてないな』


「そう信じたい。それで、結局積荷の正体は掴めたのか?」


『ああ、外宇宙製のいや……番外世代機エクストラナンバーである可能性が非常に高い。コードネームは


「なるほど、確かに地球人類のアキレス腱になりえる存在だ。奴らも中々洒落た名前をつける」


 一陣の風が吹き抜け、その運転手のフードを巻き上げた。月明かりが少女を照らすと、その頭には概ね人間には似つかわしくない……キツネの耳がついていた。


「これが正しい選択なのかは分からない、だけど……我々の生存権を得る為にも、アキレスは必要だ。予定通りとっておきの三機で行く、相手は2世代型だ、負ける事は無い」


『了解、到着を待つ』


 通信が途切れた。のを確認すると、はるか地平の果ての砂漠の空で赤く輝くドロップを睨む少女。


「我々には、もう時間が残されていないんだ」


 ◆◆◆


 輸送隊への奇襲から丸1日が経過した頃、そろそろダンザも奇襲に備えようと準備を始めたあたりで、不意に通信が入る。


『こちらクロムだ、聞こえるか』


「ああ、感度良好。それで、これは一体全体どういう事なのか説明を受けても?」


 ダンザは座席に寝そべりながら機体OSの調整を行い、話を促した。


『こっちも被害者って話はしたと思うがようやく一部情報の開示許可が降りた。今運んでいるのは、なんでも第五世代型ポーターらしい』


「第五世代?第四世代型がステルス性の高さと近接格闘時の機動幅を多くした調整だったと聞いたが、第五世代型となると……単独長距離飛行とか?」


『さて、そこまでは分からない。だが、砂漠から回収された物らしい』


「砂漠」


 その言葉に思わずダンザが目を細めた。いずれ彼が帰ろうと思っている場所であり、同時に何処か焦燥感を感じさせる言葉でもある。


『あんたも知っての通り、今俺らが使ってるポーターってのは宇宙から降りてきたヤツのモンキーモデル劣化品だ。そしてこれはオリジナル……なのかまでは分からないが、試作品だろうと企業にとっちゃ大切な物に違いねぇ』


「それの輸送をオレ達の移動に合わせられたと?」


『色々隠すのにはちょうど良かったんだろうさ、クローラーの処理と航路安全確認を、企業が移動ついでにやった。そして此方からは腕利きを貸し出した。ポーターの数で言えば、ギリギリ違和感が無いってレベルだ』


「……まったく面倒な話だな、こっちは囮か」


『まったくだ……ん、待て、囮?』


「此方に情報が降りて来てるって事は、そういう事じゃないのか?オリジナルの第五世代型の情報なんて、明らかに秘匿すべき情報が此方に来た。つまり、俺達が負けた時に俺達が相手側にそう伝えるようにって入れ込みだろ」


『オイオイ、かなり危険じゃねぇのか?』


「危険止まりで済めば良いけど……ああ、今無理になったか。いや、思ったより上手いというか、相手も用意周到だ」


 そう言って、ダンザがポーターを誰よりも先に立ち上がらせると、AGATAを構えて夜空に向かって乱射した。


『此方HQ!』


「敵襲だ、恐ろしく早い。突撃用の特殊兵装を使って接近してきてる、オートライフルじゃ抜けない、滅茶苦茶硬いな」


『相手の機体数と何世代型か分かるか!?』


「あの手の特殊兵装が使えるのは拡張性を重視した第三世代後期からだろ?第四世代型ならステルス性能を落としてまで突撃してくる必要も無い、敵機は……多分3機かな」


『接敵は!?』


「1分後ぐらい?相手側の速度が早すぎて正確に予想出来ない。こっちから牽制射撃を加えまくれば一機ぐらいは接敵前に不調に持ち込めれるか?いや、弾がもったいないかも……どっちが良いかな?」


『構わない!撃ちまくって迎撃してくれ、弾薬のトラックを寄せさせる!』


「了解」


『ちなみに相手の実力なんかは分かるか?』


 ダンザが瞳を閉じて心の乱れを0にし。同時に、扉へと手をかけ、開くべき扉を探る。


「此方に対応出来るのは俺を含めて……3。切り札があるならさっさと切ってくれ、流石にもらったばかりのポーターをスクラップにして三機仕留めたなんてのは避けたい」


『――――そこまでか、承知した』


 AGATAを連射しながら、肉眼で捉えられぬ距離で直撃を取っていく。だが、当てているだけで、表面装甲に弾かれてわずかに火花を散らす程度だ。とはいえ、その映像すらいまだダンザは視界にとらえている訳ではない。


「ッチ……少しキツイか」


『ダンザが弱音、もしかして結構マズい?』


 ラルフェがそんな事を口走るが、ダンザが口元をニヤリと歪ませた。


「いや、久々にマトモな戦いになりそうで―――不謹慎ながら少し楽しいよ」


◆◆◆


『こちらFOX3!ウソでしょ!こっちの位置を正確に捉えて当てて来てる!時速1000km近く出てるんだよ!?それをこの距離で!?』


「落ち着け、貫通弾が出ている訳じゃない」


『今はまだな、距離が寄るにつれて此方の速度の関係上、このままでは致命傷が出かねない』


「アラクネ、規格外とは聞いていたが……ここまで」


 第3世代型ポーターに接続されているのは、大型のストライカーパック。元来であれば大気圏離脱を目的とした物であるが、元は1つであった物をそれを3つに分割、水平に飛ばして加速を得ている形になる。

 さらに追加装甲にて正面装甲を固め、通常弾では抜けないように強化されている。事実として貫通弾は一発も出ていないが、それでも当たり続ける弾丸の感覚というのは神経を逆立たせる物だ。


『嘘!?表面装甲が外れた!?』


 流れる視界の中、高速で後方に流れる防御用追加装甲をFOX2が声を上げて見送る。同時に、FOX1が壁になる形でFOX2の前に出た。確かに追加装甲は突貫工事で取り付けた物ではあるが、この距離で豆鉄砲を受けて剥がれるような付け方はしていない筈であった。


 表面装甲が外れたのは、別段弾丸が貫通した訳ではない、ダンザが衝撃を上手く分散させて表面装甲の接続を、ネジとボルトと溶接を衝撃で壊し回して外したのだ。


「落ち着け、サポートに入る」


 FOX1が前に入った瞬間、曲射によりFOX1を超えてFOX2に弾丸を当て続けるダンザ。だが、FOX1とFOX3が上手くカバーする事によりその弾丸を上手く弾き続ける。


『コイツ滅茶苦茶上手いぞ!?どんなFCS積んでるんだ!?』


「上手い、本当に。それにこんな事が出来るFCSなんて、それこそドロップ品の筈だ。予定より早くストライカーパックとミサイルを射出して、撹乱及び攻撃に転用する。相手の目的が防衛な以上、受けに回り続けるよりは相手の処理能力を飽和させた方が良いだろう」


『撃つならもう撃った方が良くないか!?これだけカバーを入れてるのにバカスカ当ててくるのは最早異常だ』


「いや、限界ギリギリでなければ距離が足りず恐らく全部迎撃されるだろう」


『それほどか』


「ああ、それほどだ。情報がなければ私も混乱していただろう、犠牲に感謝しなければ」


 そう言って、死者への敬意を払うFOX1。事実として、アレは最悪の選択という訳ではなかった。焦りからの行動ではあったが、彼女の犠牲が無ければこの段階で作戦が崩壊していてもおかしくはなかったのだ。

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