第1章 喪失

そして全てが始まった


 目覚めた時に覚えたのは喪失感だった。自らの中枢となる筈のパズルのピースが見付からず、だだ涙を流すしか無い子供の様な自分が居た。


 次に気づいたのは温かさだった。俺を抱きしめる誰かが居た、気休め程度だが気が楽になった。


 最後に気づいたのは疑問だった。自身の名前と今まで何をしていたのか忘れたのに、ポーターの動かし方だけは嫌になる程手に染み付いていた。


 自らを総括した結果、乳離れ出来ないそれなりの腕のパイロットのような物と判断した。


 その後、余りの眠気に意識を手放した。後で聞いた話では、かれこれ一週間程過労が原因で眠り続けたらしい。


 なるほど、自らが働き詰めのワーカーホリックであった事も記載しておく。


 他にも何か思い出したら書こうと思う、どうやら日記と言うよりも情報整理の為のメモになってしまったが、目的から考えれば大差ないだろう。



 朝、目が覚めると其処には見知った長いサイドテールの少女が居た。帽子付きのゴシックドレスは、俺のTシャツ1枚にズボンと言ったラフな格好とは程遠い、金の掛かった物と思われる。


 そんな彼女を見ていると、俺も良い服を着た方が良いのではないかと…少しばかり焦ってしまう。


「おはよ」


 にへへ、と、可愛らしく笑う少女。彼女の名はラルフェと言うらしい。俺が乗って居た大破したポーターを売り、俺の治療費と生活基盤と新しいポーターを揃えたんだとか。


 悪い奴では無いと思うが……信頼するには早すぎる。そんな距離感だ。それと隠してるつもりだろうが、おそらくアンドロイドだと思われる。少なくとも、夜中に充電する人間とか多分見たことは無いと思いたい。


 ……所で、窓から差し込む光が随分とオレンジ掛かっているのだが、もしかして盛大に寝過ごしたのだろうか?


「……夕方?」


「残念、朝焼けでした!今日は初仕事だから早く起きたの?偉い偉い!!」


 頭に抱きつくようにして撫でて来るラルフェ。アンドロイドの発達も目覚ましい、心音から体温から胸の柔らかさまで人間と同じかそれ以上だ。特に胸のクッション性が凄い。


「俺がそんな殊勝に見えるか?」


「約束には遅れないタイプには見えるかな」


「……なるほど?」


 確かに、なんだかんだ約束とかには間に合わせるタイプな気はする。まぁ、行った後に寝たりしそうだが。


「ふぁぁぁ……眠い……顔洗っ…………いや水がもったいないな」


 前は結構水を潤沢に使ってたような気がするが……気の所為か?


「濡れタオルならあるよ?」


「ん?なんでそんなもんあるんだ?」


 そう言うと、ラルフェが俺達が家として使っているコンテナに溶接されている、レールガンを指さした。ラジエーターの冷却機構と発電機構を改造して空調機として使っているのだが、そこの結露水を布で拭いて濡れタオルを作っているようだ。


「それ貯めたら飲水にならないか?」


「うーん、飲料水には向かないかな?」


「そうか」


 タオルを受け取り顔を拭くと、背伸びをしてレールガンを改造して作られた冷蔵庫を開ける。というかこのレールガン万能感が凄い、ラルフェが勝手に改造したらしいが…正直これは滅茶苦茶助かる。空調に冷蔵庫にコンロ代わりとなんでもありだ、ありがたい事この上ない。


「それで、ラルフェも来るのか?」


 なんでも新しいポーターを副座敷にして、ラルフェもサポートとして乗り込むらしい。うーん…正直必要無いのだが。


「もちろん!最後まで面倒見る約束だから」


「そんな約束したか?」


「まぁまぁ、細かい事は置いておこう?ね?」


「……まぁ、邪魔しなけりゃそれでいい」


 冷蔵庫から人食い蟻の卵を取り出してフライパンに火をかける。どうやら蟻の本体は入っていない当たり卵のようだ。人食い蟻の体液は強い酸性であり、生まれる前の幼体であれば食べれるが、齧るととても酸っぱい果実のような味がする。


 ちなみに、幼体の入っていない卵自体は非常にクリーミーで美味しいので、当たり卵は個人的にお気に入りである。


「あれ…?」


 ふと、気になったので手を止めた。


「どうしたの?」


「いや、人食い蟻って食べれたんだなって…」


「じゃなきゃお店で売ってないよ?それに最近ずっと朝食に食べてたのに今更?」


「……だよな、なんか変な事言った」


「フフ、おかしなダンザ」


 そう言って背中から抱きしめてくるラルフェ。定期的に俺を抱きしめるのは、何かの儀式なのだろうか?


「料理中は危ない」


「むー、もうちょっと靡いてもよくない?こんなに可愛い子が献身的に色々してるのに」


「そう言われればそうだが、何故だか靡く気になれない。なんでだろうな?」


「私が聞きたいんですけれどー?」


 クスクス笑いながら、俺からフライパンを取り上げてドンと腰で押し出すように、俺をキッチンから追い払うラルフェ。食事を作るから、仕事の準備をしろと言う事なのだろう。


「はいはい、準備するよ」


「ん、よろしい!ダンザは働き過ぎてすぐ倒れるからね!私も気が気じゃないんだよ?」


「……それは悪いと思ってる」


 どうやら俺にはワーカーホリックの基質があるらしく、定期的に動きすぎては倒れている。というよりも、倒れるまで何かをしないと気が気で無い…とでも言うべきなのだろうか。


 だが、何かをしないと不安になる。きっと、頭のネジが一本緩んでいるのだろう。だからと言ってそれを止める気も無い。


「だったら」


「無理だ」


「……そう」


 其処は無理だとキッチリ言っておく。出来ない事を出来ると言わないのが長生きの秘訣だ、ただでさえ荒野には様々な危険が溢れているのだから。


「じゃぁ、ちょっと寝る」


「えっ、準備は?」


「もう昨日全部やっといた、後は寝るのも準備の内だ」


 たとえ5分でも10分でも寝れるのならば寝ておこう、前日に事前情報を頭に叩き込むのに少々夜更かししすぎた。


◆◇◆


 朝食を手早く済ませてダンザが外に出ると、外は快晴であった。ドロップが頻繁に落ちる砂漠地帯と違い、この当たりはあまりドロップが落ちず、荒れ地ばかりが広がっているのが特徴だ。


 又、大地の汚染も雨で流れる砂漠地帯よりも深刻であり、正直体に良いとは口が裂けても言えないだろう。それでも、一部舗装された道や廃材造りの家々、一見するとあばら家にしか見えない家に寄り添って住まう人々など、過酷な環境に負けない命の活気に溢れている。


「戸締まりはしたのか?」


「もちろん!それにあのコンテナ、大気圏の突入に普通に耐えるぐらい頑丈だから爆発物使われても大丈夫だよ」


「マジか、凄い硬いんだな…」


 ダンザがコンテナに振り返りながら歩みを進めていると、帽子を深々と被った少年が不意にダンザの前に立ちふさがった。


「どちら様?」


 ニコニコ笑いながら、自然に前に出たラルフェが問いかける。だがダンザには、その動きが自らを庇う動きであると気づいていた。敵意は無いと思われるが、それにしたって警戒しすぎるという事は無いのだろう。


「アンタ、砂漠から来たんだろ?」


「らしいな、記憶が曖昧だが……確かに砂漠で住んでたのは覚えてる」


「頼みがある、アンタの獲物の運搬に俺を雇ってくれ」


 そして、僅かな沈黙が流れた後、ダンザは口を開いた。


「……すまん、獲物の運搬って?」


「あっ、あー……そうか、この子ちょっと勘違いしてるかもしれない」


 少年の様子から、何かに気づいたようにラルフェがポンと手を叩いた。


「勘違い?」


「此処で駆け出しのポーター乗りは、小型のミュータントを狩って実績を積んでから中型や大型にチャレンジするの、この子は多分回収業者の新人で……」


「新しい顧客を探してた訳か、平均5mはどのサイズになる?」


「1~3m以内は小型、4~10m以内は中型でそれ以上が大型、貴方の会社では回収機材はどの程度揃ってるの?」


「……荷車だけだ」


「流石に普通の荷車で5mサイズは無理かなぁ、残念だけれど諦めて他の人を探してね」


 そう言うと、行きましょうと一言だけ告げダンザの手を引いて足早に去るラルフェ。


「ひどい話だ」


 ボソリとダンザが呟くと、顔を見せずにラルフェが「そうね」と相づちを打つ。だが、それで2人とも終わった話と判断し、建設的な話に移行する事にした。


「ポーターは、第一世代型VERTEX FRONTLINEモデルだったか?」


「ダンザの適正に合った安い射撃機体がそれしかなかったからね、本当は貴方が乗ってた3VF第三世代型VERTEX FRONTLINEを修理出来たら良かったのだけれど……整備性とか維持費を考えるとコレが限界かなぁ?」


「その点初期VFは型遅れだが、整備性に優れて強度もそれなりだ」


「そういう事。ほら、ついた」


 そう言うと、地面にぽっかり開いた地下施設への道が見えた。


「此処がポーター連盟、ダンザみたいなポーター乗りが集まって、依頼を行って、人々の生活基盤を支えてるの」


「砂漠の都市との違いは?」


「全てにおいて砂漠の都市の方が格上かなぁ?砂漠の人達は、皆化物みたいな強さだって聞くし、このあたりのミュータントは其処まで強くないよ」


「……アバドンは」


「うん?」


「この当たりでもアバドンは出るのか?」


「もちろん!でも、砂漠に居る奴等と比べれば天と地の差。砂漠の連中は強い人達と戦って生きる事を生きがいにしてるけど、荒れ地の連中は弱い奴から奪うクズばっかり。砂漠のアバドンも一応はドロップ回収したりするけど、此処らのはそれすら出来ない腰抜けしか居ないって話だよ?」


 ラルフェの答えに小さく頷くダンザ。


「そうか、なら大丈夫そうだ」


 薄暗い階段を下り、軍用の装備に身を包んだ見張りの男に、ラルフェが手を上げてノリ良くハイタッチするとその扉が開け放たれた。


 薄暗い部屋に響く重低音のサウンド、天井からはギラギラとした人口の光が降り注ぎ、半裸でポールダンスをする女に小銭を投げ入れる男達。酒の匂いが閉じられた空間に充満し、中には体液の臭いも混じっている。


 それは、嘔吐した後の物であったり、血の臭いであったり、イカ臭いアレであったり、洗っていない動物や糞の臭いまで混じっていた。その地獄もかくやと言った有様に、思わずダンザは口を押さえる。


「なるほど、砂漠の方が俺好みだ」


「私も初めて見た時そう思った」


 ラルフェは人混みを書き分け、あちこちから伸びた手を上手く避けながらカウンターまで手慣れた動きで到達すると、そっと席に座る。ダンザももみくちゃになりながら、なんとかカウンター席まで移動すると、そのカウンター席周辺だけは人が居ない事に気づいた。


「注文していたポーターと装備一式の受領、それと依頼の確認を」


 強面なバーテンにそう手短にラルフェが言うと、バーテンは机の下から受領書を取り出し、さらにバインダーの中から紙を一枚引き抜くと、2つまとめてラルフェに差し出した。


「依頼はアーマーワームの討伐、殺したらビーコンを作動して死体付近に放置しておけ、回収は野良の業者が勝手にやる」


 ラルフェは受領書だけを受け取り、依頼書をダンザにそっと差し出すと、ダンザはそれを目で追っていく。


「綺麗に倒したら報酬は上がったりするのか?」


「一応は上がるが、命の価値よりは安い」


「なるほど、肝に銘じておく」


 そう言いながら契約書にサインを行うと、バーテンに契約書を返した。


「次からはお前が依頼を取りに来い、初めて来た時彼女が絡まれてたのは……あまり見てて気分の良い物じゃなかった」


 その言葉の意味を少し考えるダンザ、だが答えは直ぐに出た。


「相手がミンチにでも?」


「そこそこの腕のパイロットがな、首に猛犬注意とでも書いておいてくれ」


 肩を竦めるバーテンに、僅かに同情するダンザ。なのでとりあえず、軽くラルフェに確認を取ってみた。


「だってさ、善処する?」


「ファッション製ある奴ならいいよ?」


「との事らしい」


 その端的なやり取りに再び肩を竦めて笑うバーテン。


「ハッ、探しとくよ」


「そりゃどうも、ポーターの受け渡しは?」


「裏口から出たら工房に直通してる」


「……そっちで依頼の受付もすればいいんじゃ」


「それだと酔ってるバカに微妙な依頼押し付けられ無いだろ?迎え酒が必要な口でも無いならさっさと工房に行ってこい、さっきから彼女をガン見してる奴が多い」


 無論、ラルフェを心配しての言葉ではなく、周囲のバカ達を気遣っての事なのだろう。バカでもポーター乗りはポーター乗り、居なくなられては困るのだから。


「分かった、血の雨を降らせる前に退散するぞ」


「はーい」


 そうして、2人は酒場を後にするのだった。

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