鎧を着た芋虫
工房側に入ると、先程の退廃的な雰囲気とはうってかわり、活気あふれる男達が大声を上げながら機体の整備を行っているのが目に入った。あちこちにポーターのパーツやジャンクが転がっており、ジャンクを拾っては修理する新人らしき若い人々と、修理の終わったジャンクをポーターに組み込んで行く熟練が、皆2人一組で作業しているのがダンザの目についた。
「ダンザ、あそこ!」
そう行ってラルフェが指差す先には、新品のVFが置いてある。きっと、アレがダンザの機体なのだろうが……何やら機体の前で揉めているのが目に入った。
「だから!金は払うからそれを渡せって言ってるんだよ!」
「しつこいなオメェもよぉ!コレは別の客に納品する奴だって言ってるだろうが!」
「贔屓にしてる俺には売れなくて、他の奴には売り渡すのかよ!?」
「多少の破損はあるとは言え3VFの完成品を下取りに出されたんだぞ!?お前みたいにローン組んで働きながら払ってるのとは訳が違うんだ!事実上の一括払いと明日があるか分からない奴の分割払い、どっちが上か言わなきゃ分からん程に残念な頭なのかテメェは!」
「だから!それがアレば俺も同じぐらいの金を…!」
「テメェにゃ100年掛かっても無理だ、断言してもいい」
「ぐっ……!?」
揉めているのはボロボロのシャツを身にまとった男と、工房の責任者らしき男。話を要約すると、ボロシャツの男は金が無いがポーターが欲しく、工房はそんな奴に渡すポーターは無いという事なのだろう。
だが、それでも門前払いにされていないあたり、それなりの腕はあると思われた。
「その話し合い、もうちょっとかかりそう?」
「っ!アンタがコレのオーナーか?悪い事は言わない、コイツを俺に……」
ラルフェに詰め寄ろうとした瞬間、ダンザはホルスターに入れていた拳銃を引き抜き男の足元に3発叩き込んだ。ダンザの銃声によって一瞬静まり返る工房。
「やめといた方がいい、その女つい先日酒場で一人ポーター乗りを殺したらしい」
そのダンザの言葉に僅かに顔を青ざめさせる男。と、同時にダンザに対してラルフェが抗議し始めた。
「ちょ、ちょっと片腕引っこ抜いただけ!殺してないから!」
「ポーター乗りとしての人生は死んだのと同じだろ」
「生きてれば良いことあるって!」
「そうだな、金も稼げず惨めに油吸いの仕事でもやって早死するだろうとは思うが、人生からの開放を良い事と仮定するなら確かに良い事だ」
ダンザの物言いにムッとした表情を浮かべるラルフェ。
「だったら私が乱暴されてれば良かった?」
「そこまでは言ってない、ただちゃんと殺してやるのが慈悲だと思っただけだ。そこの男にもやるなら、せめて痛みの無いように殺してやれ」
そう言って、ラルフェに銃を渡すダンザ。銃を受け取りラルフェが振り返ると、男が一層顔を青ざめさせて逃げ去って行くのが見えた。中々の足の速さである。
「あー……なんだ、すまねぇな」
その背中を見送りながら、バツが悪そうに頬をかく工房の男。
「そういう事もある、受取人は確かラルフェになってたな」
「はい、受領書」
「おう、確かに…これでこのポーターはアンタの物だ」
「……さっきみたいな手合は結構来るのか?」
ダンザがそう問いかけると、男は首を横に振って答える。
「色々複雑でな、さっきのはアンタ等が持ち込んだ3VFを買う為に少しばかりムチャをして機体を大破させちまったのさ、腕は良いんだが少々自信過剰な所があるのが玉に瑕だ」
「なるほど、まだ生きてるなら運が尽きた訳でも無いらしい。でも、何故ムチャなんか?腕が良いならその内買えるだろ?」
「認識の違いって奴だな、砂漠ならまだしもこっちに3VFが流れてくる事なんてほぼ無い。それこそVERTEX FRONTLINE社と直接のコネが無いと2VF以降、ましてや人気の高い3VFなんざどう逆立ちしても手に入らないのさ」
その言葉に納得の表情を見せるダンザ。確かに3VFは人気が高い事を覚えていたが、砂漠側ならそれなりの物資を渡せば他の街や企業から購入できるという認識だったのだ。
「俺も3VF買い直すとなると、砂漠に行かなければならない訳か……どちらにせよ戻る気だから手間も省けるな」
その言葉に驚いた表情を見せる工房の男とラルフェ。
「えっ、もしかして砂漠に戻る気なの!?」
ラルフェの言葉に肯定を見せて頷くダンザ。
「言ってなかったか?金を貯めたら直ぐにでも……」
だが、ダンザのその言葉に、工房の男は深刻そうな顔で首を横に振った。
「やめといた方がいい、此処等で買える機体じゃとてもじゃねぇが、いきなり砂漠に行くなんて無理だ。40mm砲ですら豆鉄砲な世界なのはアンタも重々知ってるだろ?」
どうやら、ダンザが砂漠から来たポーター乗りであるという事は、事前にラルフェが言いふらしているらしく、皆周知の事実らしい。
「なら、どうすれば?」
「名を売って企業から声が掛かるのを待つしかねぇな、機体のグレードを上げたら砂漠に近い街に移動するのも良いかもしれねぇ、砂漠に近い程良い装備が手に入るのはこの業界じゃ常識だ。あるいは……森に近づくのも良いかもな?ポーターのパーツとは無縁で、パーツの流通が少なく整備はし辛いが、あの辺は金回りが良くて飯も安く豊富で美味い」
飯が美味いと言う所で、ピクリと反応するダンザ。
「なるほど……参考にさせてもらう」
「少なくともこの辺りで普通に使う分にはVFは良い機体だ、アンタも焦って壊さないように頼むぜ?」
「ああ、機体は大切にするつもりだ…必要が有れば乗り捨てるけど」
そう言うと、腕を組んでしみじみとした表情を見せる男。何か思う所があったのか、ダンザに手を差し出して握手を求めた。
「それぐらいの方が長生きできるさ、機械は直せるが、人は難しいからな」
「同感だ、有り難く使わせてもらう」
互いに手を取り合う2人。立場は違えど思う所は、
◆
今回ダンザ達が購入したのはVERTEX FRONTLINE社の第一世代型機体。俗にVFやヴァルキリーフレーム01と呼ばれるそれは、傾斜装甲の箱をつなぎ合わせたような簡素な形をしている。
整備性に優れ、強度も十分にあるが、第一世代型には推進剤の燃焼による高速移動機構が搭載されていない。装甲こそ第三世代型に引けを取らないものの、移動速度は天と地の差と言って良いだろう。
武装はメインに20mmオートライフルの"AGATA-20"を装備。腰部スカートのウェポンマウントには2本のパンツァーファウスト型の使い捨てロケット砲を2つ備え、カスタムでAGATAのマガジン同士を連結してあるのと、脚部にマガジンを装着できるようになっている。俗にアサルトカスタムと言われる、射撃戦闘を主軸に添えたカスタムだ。
又、ラルフェが気をきかせ、射撃戦用の中型シールドとシールドの裏にブレードを増設してあるのだが…ブレードに関しては、ダンザはおそらく使わないだろう。
さて、そんなポーターで今まさに荒野を歩いているダンザとラルフェ。そろそろ目的地に到着するという事で、ラルフェが作戦前ブリーフィングを自主的に開始し始めたのであった。
「という訳で依頼内容を確認!今回のターゲットはアーマーバグと呼ばれる、硬い外骨格を持ち合わせたデカイ虫ね!その中でも特に堅牢なアーマーワームを好きなだけ狩る感じ、一体あたり5万5千コルクになるけど…銃だと1マガジン以内に倒せないと赤字になるよ」
と、当たり障りの無い説明をするラルフェ。だが、ダンザは何処か上の空と言った感じで、装備の確認をしている。
「……メインライフルの口径が20mmなんだが火力低すぎないか?それにミサイルが無いし、予備弾倉の数が心許ないから道中アバドンに襲われたらマズイと思うんだが」
そう言いながら、予備マガジンを確認するダンザ。ダンザの心配は最もではあるが、対してラルフェはアバドンに襲われる事は無いと判断している。
「このあたりで仕掛けてくるガッツの持ち主は居ないから安心して。後、近接装備の溶断ブレードは替え刃が高いから、緊急時以外は無しの方向でね?できるだけ射撃戦で勝負をつけてくれないと、赤字になっちゃうよ?」
守銭奴という訳でも無いが、赤字にしっかりと警告を入れていくラルフェ。ダンザは知るよしも無いが、家計は現状火の車なのである。が、ダンザはかわらずマイペースを貫いた。
「ブレードなんてあっても、寄られると死ぬから問題ないとは思う」
「近接戦苦手?」
「苦手と言うか…こっちの射撃を掻い潜る腕のインファイターに寄られて生きれる気がしない」
「なるほど」
「まぁ、しっかり寝たし赤字は無いと思うから」
「よし!じゃぁ張り切っていこう!ほらほら、早速出てきたよ!」
ラルフェの指摘から五秒遅れでレーダーに表示される動体。ダンザが確認の為に何時ものクセで機体の視界を望遠狙撃モードに切り替えようと、天井に手を伸ばすも空振ってしまい、バツの悪そうな顔でモニターを睨んだ。
「……今のは?」
「ちょっと黙ってて、気が散るから」
「アッハイ」
失敗をはぐらかしつつ、VFにライフルを構えさせるダンザ。常人であれば未だ点にしか見えないその標的を、つぶさに観察しながら状況を伺う。
芋虫のような見た目に、そのまま鎧を取り付けた大型の虫。どうやら標的のアーマーワームで間違い無いと判断したダンザは、そのまま深呼吸するようにゆっくりとトリガーに指を掛け……パン!とポーターにしては比較的軽い銃声を響かせ、その20mm弾を発砲した。
「……外した、右誤差0.3、下誤差0.4に
その言葉の後に、カァンと甲高い音を響かせるアーマーワームの装甲。
「当たってるけど?」
「装甲の隙間を狙ったけど外れたんだよ、相手もこっちに気づいたから距離1kmぐらいで再度発砲」
「20mmじゃ50m以内じゃないと貫通出来ないって話だよ」
「標的が近すぎると別方向から来た敵に対して、咄嗟の判断で遅れるから怖いんだ。なるべくアウトレンジで決めて行く」
「でもどうやって…」
そう言いながら再び前のモニターを睨み、今度は
「後はタイミングだな」
トリガーに指をかけ、目を細めて待つダンザ。
「3、2、1、ファイア」
再び軽い音を響かせて、アーマーワームに飛来していく20mmの弾丸。相対距離は1kmジャストの時点で、その分厚い装甲をあざ笑うかのように、20mmの凶弾はアーマーワームの脳と中枢神経とを一直線に破壊してみせた。ワンショットワンキルとは一発外した為に言えないが、神業と言っても良い所業である。
その光景を見て、頭の中で再び偏差位置を再構築していくダンザ。次に放つ時には、1.5kmの距離で当てれるように偏差を入力し直した。
「ヒット、若干ズレたが誤差範囲、問題無し」
ダンザがシレっと流そうとした所、それは許さないとばかりにラルフェが声を荒げて抗議する。
「いやいやいやいや!?今何したの!?」
「何って、さっき言った通り装甲の合間縫って脳と中枢神経潰しただけだけど?」
事前にダンザは資料を読み漁り、アーマーワームの体の構造をしっかりと調べていたが、その際に気づいた事が四つあったのだ。一つはアーマーワームが体をうねらせ動く際に、僅かに装甲と装甲の間に隙間が出来る事。もう一つがその隙間のサイズが20mm弾の1.2倍程のサイズになる事だ。
さらに、その隙間から脳を直接攻撃出来る事に気づき、脳を貫通した後方にワームの中枢神経がある事に気づいたのだ。つまり、装甲の間から弾丸さえ通せば理論上弾丸一発で撃破可能であると判断したのである。
もっとも、ただの机上の空論だ。それを実際に行うとなれば、神がかった何かを持たない限りは不可能だろう。だが、ダンザはその神がかった努力を持ち合わせていた。
ダンザは努力の天才である。不可能だと思う事に敢えて何度も何度も挑戦し、慣らし、卓越した技術を身につけた。代わりに睡眠時間をほぼ失い、過労死寸前まで自らを常に追い込み続け…やがて狂気沙汰の才能が開花するに至ったのだ。
全ては愛した少女に並び立つ為、そんな純粋な気持ちである。
「……正直アラクネ舐めてました」
「アラクネ……?」
「あー……うん、なんでもない」
「そうか」
そう言ってダンザは狩を再開するのだった。
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