開封式2
再び外にあるき出した2人は、一つのコンテナの前に人だかりが出来ているのを発見した。コンテナの色は生物を示す…緑なのだが、既に開封済みのようだ。
「当たりでも引いた?」
「見に行ってみましょう」
リリィがトコトコと走り去ってしまったので、ダンザも渋々と言った様子で走り出すと、コンテナの中には羊に良く似た生物が集まっていた。
「驚いた、ワープシープか」
ワープシープとは羊によく似たフワフワの生き物ではあるが、何処か無機質な能面のような顔をしており、身に危険を感じると群れごとワープして逃げ出してしまう不思議な生物である。
彼らと友好な関係を築く事が出来ると赤い球体のようなワープコアを分けてもらえ、コレを加工してブレスレット等にすると羊のワープに相乗りして逃げる事が出来る優れ物なのだ。
ただ、一度危険を感じた場所には二度と近寄らないという性質を持つ為に、一度ワープで逃げ出した後は街に戻る事は無いらしい。世の中には俗世を捨ててこの羊と生きる事を選んだ、通称羊飼いと呼ばれる存在が居たりするが…まぁ今はそれは置いておこう。
「ダンザ!ワープシープです!初めて見ました!」
筈んだ声でダンザを呼ぶリリィ、とはいえダンザはどうにも動物が苦手なのだ。
「撫でてきなよ」
「でもまだ人間を警戒してるみたいですよ?」
ワープシープは結構疑り深い性格で、友好関係を築く事は難しいと言われる。普通の羊と違い知能が非常に高く誠意を持って接しなければならない。しばらくすると、村人の中から小さな少女が前に出て、差し出したリンゴをモシャモシャと食べ始めるワープシーフ。どうやら互いに上手く意思疎通を行えたようだ。
「……撫でて来たら?」
「はいっ!」
リリィが喜び人混みをかき分けて走り寄ると、メエメエと威嚇されて頭突きを食らって尻もちをつく、その一連の流れに思わず吹き出してしまうダンザをジト目でリリィが睨むと、ダンザはそっと目線をそらした。
「酷くないですか!?」
「……あまりにも想像通りの動きしたから」
さらにそのままメェメェとワープシープに詰め寄られるリリィ。慌ててダンザの後ろまで退避すると、周囲の人からも笑いが漏れた。
「ダンザぁ~」
「はいはい」
ダンザが盾になるようにして前に出ると、シープが警戒したように距離を取る。無防備に近寄ったリリィに関しては頭突きで追い返す気概を見せたが、流石にダンザ相手に無防備に突進する事は無いらしい。
ジリジリと気圧されるようにさらに距離を取ると、リリィを突き飛ばした個体は群れの中に隠れた。その姿が先程ダンザの後ろに隠れたリリィの姿その物だったので、再び周囲の人から笑いが漏れ……リリィが顔を真っ赤にしてダンザの背に顔を埋めた。
「うううう…」
「はいはい…行くぞ、リリィ」
まるで子供でもあやすかのようにリリィの頭を撫でて肩車するダンザ。2人はそのまま逃げ帰るように、艦内へと足早に去るのだった。
◆
そんなこんなでアロウン氏の引退表明から数日後、授業をサボって寝ていたダンザの元にその一報は届いた。
「ドロップ回収を俺達に?」
眠たい目をこすり、ベッドから起き上がりアロウンを迎えるダンザ。
「ああ、比較的近場に落ちる見込みだ、訓練代わりにゃ丁度良いだろ?」
「……拾いすぎると他の都市から恨まれるんじゃ、ここの所結構な数拾ってましたよね」
ゴキゴキと首を鳴らして服を着替え始めるダンザ。口ではそのような事を言いながらもこのチャンスを逃すつもりは一切無いらしい、なにせダンザにとってもこれは貴重な実戦経験を積む好機なのだから。
「ここ最近ドロップの降下数が増えてきてる、何処の都市も多少の余裕はあるさ」
「なら、カチ合う前に急いだ方が良いかな」
「そういうこったな、おそらくこれが最初で最後の安全な遠征になる筈だ。機体の準備はウェヌスが突貫で終わらせた、後はオマエの覚悟次第って所だな」
「リリィは?」
「下でオマエ待ちだ」
「なら、行きます」
戸棚から装備一式の詰まった袋を取り出し、背負うとコンテナの外へと出るダンザ。すると、外には戦艦の外壁整備用のゴンドラが待機していた。
エレベーターと違い数人しか乗れないソレは、限られた人しか乗る事の出来ない緊急移動用の物なのだ。ダンザも断るつもりは無かったが、アロウンも断らせるつもりは無かったという事なのだろう。
「手際が良い事で」
「ハハッ、まぁそう言うなよ」
2人が駆け足でゴンドラに乗り込むとそのままスルスルと降下していく。ダンザはその間に袋の中身を点検し、それらの装備に問題が無いかの確認をしていく。
「想定移動距離は?」
「片道で丸一日って所だ」
「なるほど、近場だ」
白兵戦用の装備や銃器を確認し、携帯用の食料と虎の子の蜂蜜の入ったボトルをそっと撫でるダンザ。頬に感じる風にふと視線を向けると、其処には整備の終わった自らの機体が鎮座しており、以前の要望通りの装備が換装されている事に満足し、一先ず小さくうなずく。
「レールガンは仕上がってるんですよね?」
「ああ、しかしお前がアレを使いたがるとはな……言っちゃなんだが扱いづらいぞ?狙ってから発射までのラグの間も正確に狙い続けないといけない、通常弾で偏差した方がずっと使いやすいし接近戦だとデッドウェイトになる」
「偏差が必要無い分自分としては楽です、それに寄ったらリリィで対応してもらいますし」
「そこらはお前等の連携でカバーって事か、お熱い事で。わかってるだろうが、死なないようにだけは気をつけろよ?」
「ええ、承知の上です」
ゴンドラが下に着くと、手を振ってダンザを迎えるパイロットスーツ姿のリリィ。白を基調とした女性用スーツだ、どうやら新しいのをおろしたらしい。
「似合ってるな」
「えへへ、ダンザの分もありますよ?」
そう言って差し出されたスーツを受け取り、近場に転がっていたコンテナの中で手早く着替えて出てくるダンザ。
「着替えるの早いな!?」
「練習してましたから」
ピュイと軽くダンザが口笛を吹くと、リリィは頷いてアバドン機に乗り込んだ。小さな口笛は2人の間で行動開始の合図である。
「リリィの機体の識別は?」
「Lycoris1だ、お前のは一応俺のと同じティターン3で識別されてるが変更もできるぞ?」
退役まで生き残ったパイロットの識別コードやコールネームは、験担ぎにそのままにされている事も多い。だが、ダンザは別にそういう物を気にする質でも無い為に……。
「じゃぁTitan1で」
と、あっさり変更を申し出た。とはいえティターンからタイタンとその名の系譜を名残として残しているのは、彼なりのアロウンへのリスペクトなのだろう。
「あっさり変えるな?」
「俺が死んだらアロウンさんの名前が不吉だった事になるでしょ」
「ハハハ!変な所気遣わなくてもいいさ、ほら、お嬢ちゃんはもう準備万端みたいだぜ?ブリーフィングもリリィに伝えてあるから行って来い」
その言葉から作戦開始ギリギリまでリリィがダンザを眠らせて体力回復させておきたかった事を読み取り、彼女の思いやりに顔がニヤけるのを手で隠し逃げるように機体へと乗り込むダンザ。
「気をつけてな!」
アロウンの見送りの言葉に後ろ姿のサムズアップで答えてコックピットハッチを閉鎖させると、リリィからの通信が即座に入った。
『よく眠れましたか?』
「お陰様で、そっちの機体は?」
機体の暖気運転を開始し、各種センサーを目視にてチェック。火器制御システムと武装が正常にリンクしている事を確認。機体にセルフチェックを走らせ機体全体のシステムが正常稼働している事を3度確認し終えると同時に、通信用のモニターを可動してモニターに写ったリリィを見据えるダンザ。
『万全です、ダンザの方も指定どおりのスペックは出るようになってはいますが……』
リリィの言葉尻が濁った事と少し心配そうな表情に僅かな懸念を覚えるダンザ。
「何か問題が?」
『ジェネレーターに不安があるそうです、時間の関係上レールガン内部にあるジェネレーターにタッチ出来なかったそうなので1マガジン分までしか発射を保証できないと、その上でさらに発射するとなると機体本体からの電力供給で発射する必要性があり、撃つたびに発生する電圧低下で場合によって複数の機能がダウンする可能性があるとも』
その言葉に数秒考え込む仕草を見せるダンザ、だが中断などするつもりも毛頭無いので最初から答えは決まっている。
「……まぁ、今回は大丈夫かな」
『最悪投棄しても良いとの事なので気楽に行きましょう』
「もったいないけど、命には変えられないか」
『はい、では』
「ああ、行くか」
きっちり1分、機体の暖気運転を終えると同時に機体を動かすダンザ。通常巡航で可動された機体は緩やかに速度を上げて砂煙を上げる。
「砂漠での移動速度を時速60kmに固定、エネルギーは効率重視、ルート構築は随時2人で確認しながら」
『了解です』
街の中を歩んでいくと、街の人々が手をふって2人を見送った。アラクネを出迎える事は良くても、見送るのはあまり良く無いとされているのだが、それでも皆がどうしてもと見送ったのは街で人気者なリリィの人望からなのだろう。
街と砂漠を遮るゲートが展開され、2人を砂漠へと送り出す。10mを超す門の上にはガレアが息をきらして立っているのが見て取れる。授業を抜け出して見送りに来たらしい。
『ほら、門の上、ガレアも見送りに来てますよ』
「……ガレアは素直じゃないからな」
そうして門を潜る2人。こうして、荒野にまた新たな芽が蒔かれた。
否、完成度から言えば既に若木と言っても良いのだろう。
◆
はっきり言ってアラクネの移動時間はびっくりする程に暇である。もっとも、最初に問題が起きた時点で即死する事も多いのだが。
「ぐっ……歩の使い方が上手い」
『ふっふーん!将棋は強いんですよ私!』
「クイーンの動きに近い事が出来る飛車と角って2つあるのがいやらしいな、一つにして性能まとめてくれたらやりやすいんだけど」
なのでこうやってボードゲームを楽しみながら移動する暇もあったりする。ダンザに至っては、時々リリィに索敵を任せて寝ている程だ。というか、普段よりも睡眠を取っていると言っても過言では無いだろう。
『そろそろ人食いアリの巣ですけど、ルートはこっちで良かったんですか?』
「ああ、人食いアリは自分達よりサイズの大きいのは襲わないからポーターなら無視出来るってアロウンさんが言ってた。繁殖期はちょっと気性が荒くなるけど、今の時期なら問題無く巣を渡れる筈だ」
『座学の授業サボって話聞きに行った甲斐がありましたね』
「まったくだ、教科書通りの事しか教えてくれないなら……教科書見れば自分でも勉強できるからな」
そう言って、ダンザが画面上の将棋盤から自分の角を動かすとリリィが「ぴぎゃっ!?」と変な声を上げた。5手後にリリィの飛車が落ちる事がほぼ確定したからである。
『ぐぬぬ……あっ、蟻塚が見えてきましたね』
ダンザも
「こんなご時世でもなかったら、ミュータントの研究員にでもなりたかったな」
『食べれるミュータントでも探すんです?』
「ああ、それもいいかもな……少なくとも人食いアリは食えなさそうだが」
『ですね』
クスクスと笑い少し速度を上げるリリィ。
「ん、少し急ぐ?」
『はい、少し急いで帰りに蟻塚を観察できる時間を作りましょう』
「そうだな、巡航速度を時速80kmに変更、燃焼効率は落ちる為戦闘行為は3回を限度とする、まぁ早々ないだろうけど」
『油断はしませんよ?』
「知ってるさ」
ダンザもリリィに続くように速度を上げると、徐々に蟻塚が近づいてくるのが見えた。
「蟻塚はポーターの2倍ぐらいのサイズか…結構デカイな」
蟻塚に近づくにつれて、高さ1m程のアリがウロウロしているのがチラホラと見かけられるようになった。巣の周囲を監視する偵察アリであり、彼等に手を出さない限りはあちらからも攻撃してくる事は無い。
ただ、自らよりも小さい獲物は問答無用で襲うので、人間が生身でこの巣に近寄るのは自殺行為だろう。もっとも、銃と潤沢な弾薬とそれなりの頭数があれば巣を乗っ取る事も出来なくはないのだが。
事実として、南の地方ではポーターと人間で巣を奪い其処に住む人々も居るんだとか。蟻塚はいわばビルに近い構造であり比較的頑丈、人間が手を加えれば十分住む事は可能となる。
『ダンザ、観察は帰りに……ですよ?』
「わかってるよ」
あちこちに立つ円錐形の蟻塚をすり抜けて進んで行く2人、時速80kmでの移動を行いながら、不規則に乱立するアリにも蟻塚にも触れずに移動するのは流石と言う他ないだろう。
「にしても、結構蟻塚が立ってる範囲広いんだな」
『ほんとですね、蟻塚の範囲が思ったより広く地図に書かれてましたが……大雑把なだけかと思ったら本当にこの範囲あるとは少し予想外です』
「……所で将棋はもういいのか?」
『にゃっ!?持ち時間が!?え、えーと、えーと、コレがこうでこうだから……ぐっ、ダメだやっぱり落ちる!?……あっ』
「ん?」
先行していたダンザがチラリとアイカメラをリリィの方を向けると、リリィの機体が蟻塚の一部に増槽をひっかけて削っているのを見た。
「……リリィ」
『……は、はひ?』
冷や汗を流しながらリリィが変な声を上げた。
「……30秒、リリース」
『うう、すみません』
突如、甲高い音がリリィがひっかけた蟻塚から上がると、連鎖的に周囲から高いアリ達の警戒が響く。巣の周囲に敵対生物が居るという警戒音だ。
『り、リリース』
リリィとダンザがそれぞれ腕時計に刻まれた3分45秒のタイマーのカウントダウンを開始した。離脱するに際して、リリィを準戦闘挙動で移動させる為だ。
「真正面、突っ切る」
ダンザが3VFの袖に隠したガトリングを展開させて、目前の蟻塚に10発程叩き込むと蟻塚が倒れ、隣にある蟻塚に引っかかりもたれかかった。
『ご、ごめんなさーい!』
リリィのポーターが、脚部による大跳躍を行う。同時に紅いブースト吹かせて機体を空へと浮かせると、周囲にある蟻塚を足場にしてその上を高速で渡っていく。巣から巣へとを渡る跳躍の際に、本来であればその蟻塚を一部崩してもおかしくない筈だが、リリィは完璧なコントロールにより少し大きな足跡を残す程度に留めて居た。
対してダンザは坂道にした巣を砕きながら無理やり駆け上がると、蒼のブーストで跳躍する。そして、蟻塚を大きく踏み潰すようにして、八艘飛びの如く蟻塚を足場に連続跳躍を行った。
双方共に両極端であるが、これはリリィが純粋に機動力に振り分けたカスタムであるという所が大きい。だが、ソレ以上に積載ギリギリまで積んでいるダンザのポーターが重すぎるのだ。
「……やっぱり重いな」
思わずそんな事をつぶやくダンザ、だが事実として重いから仕方が無い。まさか砂漠でこういった曲芸移動を行うとは夢にも思っていなかったのも事実だ。仮にこういう事があると想定していたなら、ダンザも最初からもう少し武装を削っていただろう。
『ほ、本当にごめんなさい!』
「いや、いい経験になった、荒野では何が起きるかまったく分からないわ……」
周囲から巣を崩されて怒り狂った蟻達が殺到し始めると、ダンザはポーター脚部にマウントされているナパームグレネードと、スモークグレネードを周囲に落として起爆させる。
『ギィィィィィィィィィィ!!!』
数千度にも達する発熱で人食い蟻が悲鳴を上げて怯んだ瞬間、スモークにより蟻達の視界が遮られるのを確認する2人。
『ダンザ!』
「了解!」
そのタイミングを見逃す事なくダンザはリリィにワイヤーアンカーを発射し、それをリリィは掴んで蒼と朱のブーストで一気に加速する。引っ張られるように吊るされるダンザも同じく、ブーストを吹かせての大跳躍を見せながら、追加のスモークをばら撒き……一息に巣の外へと飛び出した。
『セーフ!』
ブースターで無理やり空を飛んだままに巣のゾーンを突っ切ると、そんな声を上げるリリィに思わず苦笑するダンザ。
「既にアウトだ、帰り道に使えなくなった」
『ご、ごめんなさーい…』
「むしろ謝るべきは彼等へだ…許されるとも思えないが」
リリィがワイヤーを手放しダンザが地面に着くと、再び通常速度での巡航に入る。リリィも若干遅れて地面に着地すると、2人が息を合わせたようにタイマーを停止させた。
「25秒か」
『軽い戦闘と同じぐらいですね』
「……これが長距離遠征だったらと思うとかなりゾッとする話だ」
『うう…』
「責めてるんじゃない、練習はやはり大事だと言う話だ。失敗できない遠征じゃなくて、こういった所で失敗して本番で精度を上げるのは間違いじゃない」
『はい、次からは各ゾーン渡る時は遊ぶのやめます……』
「そうだな、俺も悪い所があった、すまない」
『もう!気をつけてくださいね!』
「……クク、そうだな」
2人で軽く笑いながら目的地へと向かう2人、空を見上げれば既に日は傾き…きっとあと30分もしない内に日が落ちるのだろう。
2人で迎える初めての荒野の夜が来る。
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