第2話 闇の力を知る

エマとセンは街の門を出て、草原地帯にいた。

「そういえばエマさん。依頼って何を受けたんだ?」

「タイラントウルフキングの討伐です」

いきなりボスみたいな名前が出てきて顔を青ざめる。


「……えっちょっと待って? 俺、スライムを倒せなくて、ゴブリンにボコられたんだけど」


不安だ、もう不安しかない。怪しいセールスに引っかかって、異世界の冒険終了とか勘弁だ。


「安心してください。私がついてます。それに私も虚弱な体質だったんですよ。そんな私でも闇の力で強くなれたんですから、センさんでも絶対に大丈夫ですよ」


 いや強くなれるかじゃなく、生きて帰れるかという心配のほうが強いんだが……それにまだ教わるとは言ってねぇ。


「ちなみにそのタイラントウルフキングってどんなモンスターなんだ?」


「奥に見える森林地帯で目撃されています」

エマは森のほうを指差し、話を続ける。


「大きさは民家ぐらいの狼で、気性が激しく、森を通る馬車などが襲われているみたいです。森林地帯のなかではボスみたいなもんでしょうね」


まさかのボスだった。


「あそこの森林地帯は、今いる草原地帯よりもモンスターが強く、数も多いですから、生態系もめまぐるしく変わってますよ。今回のを倒しても、また新しいボス級モンスターが現れるでしょうから、キリがないですよ〜」


エマは苦笑いをしながら言う。

俺はそれに合わせるよう、引きつった笑顔をする。か、帰りてぇ……


「あっ! あそこにゴブリンがいますね」

「何!?」

前方30m程にゴブリンが3匹。

不安が募るなか、それを煽るようにトラウマを植え付けたゴブリンの登場。一気にダッシュで帰りたくなった。いつでも逃げれるようクラウチングポーズを構える。


「せっかくですから、闇の魔法をお見せしましょう」

 センとは裏腹に、落ち着いて戦う意思を見せるエマ。ゴブリンもこちらに気づいたらしく、こちらに近づいてくる。


「今から見せるのは闇の攻撃魔法のなかでも基本中の基本のです」

 そう言うと、エマは右手で3本指を立てる。その指先からそれぞれ黒いオーラのようなものが湧き出る。


「おぉ」


 俺はゴブリンのことを忘れ、初めての魔法に魅入られていた。

 黒いオーラは段々と球状になり、スーパーボール程度の小さな黒い球が3つでき、指先の少し上の空中で留まる。


「【黒弾】といいます」

 そう言ってエマは、立てた3本指をヒョイっと前に倒す。すると黒い球はゴブリンに向かって勢いよく飛んでいく。命中すると弾け、ゴブリンが数m程後ろに吹っ飛ぶ。そしてゴブリンはそのまま起き上がらなかった。


「なっ……すげぇ」

ボコボコにされたことがあるゴブリンを、一瞬で倒してしまい愕然とする。超初級の魔法だろうが、雑魚敵をワンパンできるのは充分使える。


「便利な遠距離攻撃です! 小さいモンスターは大体一撃で倒せますし、サイズを大きくすれば大型にも通用します。慣れれば、当てるときの軌道も操れますよ」


あの黒い球がでかくなって、自由に飛び回ったらと思うと恐ろしい。


「さて、このまま歩いても着きますが、時間がかかるのでショートカットしちゃいましょう! 次にお見せするのは転移の魔法です!」


そう言うとエマの前に、黒いオーラが人1人分くらいの大きさの塊となって現れる。


「闇のゲートとも言われますが、【エニウェイドア】と呼びます。ここをくぐれば、もう森林地帯です!」


 ……理解が追いつかない、俺はひょっとしてとんでもない力を見せられてるんではないか。


さぁ! ここをくぐれば森林地帯ですよ!」

【エニウェイドア】という、人1人分くらいの黒いエネルギーの塊が、ゆらゆらと揺らめき、目の前にある。


 得体の知れない何かに、体を入れるってのはやっぱ抵抗あるな……プールでなかなか顔をつけられない子供の気持ちがわかるような気がする。


 躊躇してるセンを見て、エマは察したようにセンの前に立ち、

「大丈夫です、ほら」

と言い、手を差し伸べる。


 な、なんだよ、まるで、お化け屋敷にビビってる子供を先導するみたいに……情けねぇ、こんなの堂々とくぐってやら、あ、ダメだやっぱ怖い。よろしくお願いします。


 センはエマの手をしっかり握る。エマは微笑みながら、ゆっくりと【エニウェイドア】に体を入れる。エマの手を掴んだ腕から徐々に入ってく。特に何も感じなかったが、顔を入れる時は思わず目を閉じ、息を止める。


「センさん、着きましたよ! 森林地帯です」

 目を開けると、目の前には無数の木々が広がっていた。後ろを振り向くと、すぐ後ろは草原地帯。どうやら森林地帯の入り口みたいだ。


「ははっ、ほんっと、いい意味で驚かされるばっかりだよ」


すごいな、これあれば移動費用と時間が相当抑えられる。誰もが一度は夢見たことあるだろう。瞬間移動が使えたらと。今まさにそれが叶ったのだ。


「それは何よりです!」

エマは嬉しそうに笑った。こんないたいけな少女なのに、中身はもう大ベテランな感じだ。


「さて、捜索と行きましょう! タイラントウルフキングは大きいですから、木が密集してるところよりも、拓けた場所にいるはずです。そういったポイントを見つけて、痕跡がないか探しましょう。」


 十分ほど歩くと、拓けた場所に出た。そこは川が流れ、土手には焚き火の跡のようなものが見られる。


「恐らく行者などが野営をしたんでしょう。水源もあるし、いい場所ですね」

「あぁ、まるでキャンプをしてくださいっと言ってるようだ」

 センは川辺に行き、しゃがみ込んで川を眺める。透明な水に魚が何匹か泳いでいる。


のどかだねぇ。……ん?

 川の流れを目で追ってると、川の向こうに大きな窪みがある。近くまで寄ってよく見ると、何かの足跡のようだ。ただサイズがマンホール並み。


「なぁエマさん! こっちにでかい足跡があるんだがー! もしかしたら探してるやつかもー!」

「本当ですか!?今行きまーす!」

エマは小走りでセンの方に向かってく。

その瞬間、少し離れた茂みからガサガサッ!と音がした。センはビクつき、エマは音のした方へ身構える。


おいおい!いくらなんでも早すぎだろ!?

まだ心の準備が…


 そしてガサガサと音をたてて飛び出てきたのは、縞模様のイノシシだった。


「な、なんだ、いきなり遭遇するかと思ったよ……」

「シマイノシシですね。こちらから何もしなければ大丈夫です」

 ホッと胸を撫で下ろし、エマもフゥと息を吐く。しかし今度は地響きと共に、ドッドッと地を蹴る音、バキバキと枝が折れる音が聞こえ、次第に大きくなっていく。


「なぁもしかして……」

「……来ますね」


 飛び出てきたのは巨大な狼。近くにいたシマイノシシに噛みついてそのまま飲み込み、2人がいる方向へ目を向けた。


あ、これ死んだ。

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