第3話



「いやあああああああ!」

「あはははははは!」

「たすけて!」


 悲鳴が、嗤いが、空間に響く。周りは、最初よりも色づいて、ただ白い空間ではなくなった。赤、黄色、青、緑、紫、ピンク、様々な色が存在している。形も様々なものが転がっていた。芸術空間といっても差し支えないだろう。これが偽物だと言えば、きっと賞賛と批判であふれかえるに違いない。

 少女たちは動いて動けなくなって、醜く争って、きれいに倒れていく。青春を奪われていくのだ。

「君には人の心がないの!?」

 鮮やかな金色の髪をもつ少女は必死に訴えかける。少女はリュックを放棄していた。中身はバッドのようだ。武器もなしに戦うの?言葉だけで戦うの?

「ねえ君だって、待ってる人が、大切な人がいるんでしょ。みんなで協力してここから抜け出そうよ」

 世迷い言を吐く金色は、いっそ不気味だ。ぎらぎらと瞳の奥には野心が光っている。自分だけは助かると、死ぬはずはないと思っている瞳だ。これはいけない。

「!」

 まっすぐに胸を切り裂いた。不意をつかれたように金色は赤にまみれて、後ろへとのけぞりおちる。切り裂かれた胸を触って、赤を確認した。あか、アカ、赤。いつだって美しい色。くすんでしまったらもうそれはいらない色になるけれど。

 はく、はく、とまるで私のように声を出している、いいや、音にならない音を出している。何か煩わしいことを言う前に。

「!!」

 喉を切り裂いてやった。

 金色は必死にもがいてもがいて、何かを言いながら、動かなくなった。また一人減ったのだ。あと何人?

 周りを見回す。赤、オレンジ、緑、青、紫、しろ。あんなにも人がいたのに、もう六人しかいないのか。(私を含めて七人。)大半は動けないものとまともに戦えないものしかいなかったから仕方ないのかも。

 しろい子は誰からも気にされていない。本人も戦う気がないのか、目に覇気がなく、ぼうっと座っている。

「わたしとあそぼう!」

 声のした方向に体を向けて、後ろへと飛んだ。私がいた位置には大きな斧が振り下ろされていた。赤い子は至極残念そうに笑って、「ざんねん」と言った。

「もうちょっと警戒心薄くてもいいんじゃないかなあ。ねえねえ」

 高い声でしゃべる赤い子は、見た目よりもずいぶんと若そうだ。この戦争に来ている時点で同い年のはずだけど。精神年齢的にはずいぶんと下に見えた。元からこうなのか、それとも突然こうなったのかはわからないが、今はどうでもいい。とにかく。

 もう一度ためらいなく振り下ろされる斧を避けて、刀を振る。今までの少女たちと違い、なかなか当たらない。当たらない。

 視界の端にオレンジ色が混ざる。青い光が見えた。スタンガンだ、そう思って、咄嗟に避けたそれは、運悪く、赤い子に当たる。目があらぬ方向に行き、斧と赤い子は重力に従い下に引きつけられた。

「ああああああああ?」

 赤い子は言語になっていない音を発している。

「痛い?痛い?あなたはきっと今痛みを感じている!痛みを感じるということは生きること!生きることとは青春を感じること!あなたは今!青春を失おうとしているが、この瞬間だけ青春を感じることができた!」

 オレンジの子が膝を折り、倒れ込んだ赤い子にそう話しかけている。少女たちは狂いに狂っているようだ。ああ、いやだ。

「それは実に名誉なことだ。よかったじゃないか。君もそうするといい。」

 緑の長い髪を揺らして、オレンジの子の眉間に弾を撃ち込んだ。思いのほか静かにオレンジの子は倒れて、動かなくなった。

「………痛みを感じる間もなかったか」

 緑の子はそう言って、こちらを見た。にこりと笑いかけるその顔は美しい。その美しい顔のまま、毒を吐く。

「君もどうだ。一瞬で逝く気はないか?」

 ふるりと首を振った。私はこの戦争に勝利し、帰らなければならなかった。負けるつもりなんて1ミリたりとて思っていない。負けることはつまり、あなたに会えなくなることを指しているからだ。そんなのは絶対いや。

 刀を握って、相手の脇腹を狙う。蝶のようにひらりと舞って、逃げられる。お返しとばかりに弾を撃たれて、髪が少しだけ持って行かれた。黒が散らばる。

「うぇっ」

 手から力が抜けて、銃だけが先に落ちて、くるくると回ってしろい子のところへと。緑の子は血を吐いて倒れ込む。

「背中がら空きだったよ」

「美月ィ……!!」

「前からアンタのこと嫌いだったの。ほら早く死んでよ」

 紫の子はナイフを振り下ろす。背中に、腕に、足に、首に、頭に。ナイフが振り下ろされる。動かなくなっても、物足りないのかぐちゃぐちゃと音を立てながら、ナイフで肉を遊ぶ。原型がどうだったのかわからなくなるようにして、ひとつを持ち上げて口へと放り込んだ。

「やっぱりおいしくないのね」

 ぐちゃぐちゃとまるでゾンビのように咀嚼して、飲み込んでそう吐き捨てた。

 ナイフで原型が残っている部分をそぎ取って、また、口へと放り込む。咀嚼して、飲み込む。青春なんてかすかにしか残っていないだろうに、それを何度も取り込んだ。取り込んで、咀嚼して、飲み込んで。背中が薄くなったころに、吐いた。全てを吐き出した。

「うぇっ、………アンタなんて1ミリだって愛してあげない。ぐちゃぐちゃになって惨めに死んでよ」

 そうして、再び同じ行為を繰り返し始めた。きっと、好きだったのだろう。これもまた青春だったのかもしれない。どうでもいいか。

 刀を、紫の子に振り下ろした。思いのほかきれいに刀が入って、紫の子は、体を痙攣させて、緑の子に折り重なって倒れた。重力に従って落ちたナイフを、紫の子の背中に突き刺す。サンドイッチみたい、なんてね。

 さて。

 青い子は赤黒い血だまりのなか、うずくまっている。瞳孔に光はなく、呼吸もしていない。この子の青春は、この子自身で奪ってしまったらしかった。じゃあこの子に用はない。

『おお!だいぶ減って残すとこ二人になりましたか!………これは提案なのですが、どちらか一方棄権しませんか?』

 棄権?戦争することを放棄するということ?

 私は首を振って、しろい子を見た。しろい子は、静かに首を横に振る。

『お互い棄権はしないということでよろしいですね。ではどちらか一人になるまで、再び戦争開始です!!』

 しろい子の手には、銃が握られている。その銃口はまっすぐ私に向けられていた。咄嗟に避けると、弾が通り抜けていく。続けて、もう一発。モーションもなしに続けざまに撃たれたせいで、判断に困って、弾が私の腕の肉をはじいた。鈍い痛みが駆け巡る。色がない私が色づく。青春を感じる。

「あきらめて」

 しろい子が泣きながら言う。ぼろぼろと大粒の涙を流しながら。どうしてそこまでつらいのに、生き残ろうとするの?

「あきらめてよ」

 ドン、ドン。弾はまっすぐに私に向かってくる。それをなんとか避けて。少しばかり重くなった刀を握って、走る。

 ドン。動いているにも関わらず、狙いは正確だ。弾はまっすぐ私に向かってくるのだ。それでも、避けて、しろい子の喉元を刀で狙う。ガチャカチャ、と音がする。ああ、弾切れだ。何度も諦めずに引き金を引いているが、弾はもうない。空しい音だけが響いている。

「あきらめて!」

 しろい子が精一杯叫んだ。

 私は、諦めない。だって、勝ったらあなたが手に入るんだから!

「うっ」

 短い嗚咽が聞こえた。

 私が振り下ろした刀は、まっすぐに確実に、しろい子を貫いた。まっしろだったその子は、赤くあかく染まる。雪景色に椿が落ちるようだった。ああ、なんて美しいの。

「あきらめて………」

 その言葉に首を振って、モニターを見つめた。




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