3-06.

       ◆


 コトナが再びアナログアンブレラに来店したのはあれからちょうど二週間後の土砂降りの夜だった。


 レースに縁取られたアンティークゴールドの傘から雨をしたたらせて遠慮がちに樫の扉を押し開いた彼女はほっとした様子でカウンターへ近づいてきた。笑顔が見える。その日もマスターとシャノンとムーウの三人は店内でそれぞれ好き勝手に自分の時間を過ごしていた。


 マスターは古めかしい電動式機械のPCをカタカタ鳴らしつつ三つも操作している。レトロなアナログアンブレラにその音や機械の無骨さがほどよくとけこんでいる。ムーウは冷めたブレンド珈琲を片手に魔法史のレポートに取り組んでいた。講義中に先生がムーウのレポートの冒頭をみんなの前で大変褒めてくれたのでハードルがあがって四苦八苦しているところだ。


「あっ、お姉さんだ!」


 シャノンが書いている最中の論文から顔をあげて嬉しそうにした。シャノンっていい子だな、とムーウは色の黒い感情をいだいて瞬間的に自己嫌悪した。


 歩いてきてカウンターに革の平べったいバッグを置くコトナはちょっと恥ずかしそうだった。


「……えっと、あの、お礼を言いに来ました。……あとあたたかい飲みものをいただきに!」


 顔色がずいぶんよくなっている。足取りもしっかりしていた。目のしたの濃いクマがなくなっていて、表情も明るい。肌荒れも治ってきているみたいだ。


「あのときいただいた珈琲があまりにも美味しくって、忘れられないので、また美味しいのを飲みたくて来ちゃいました!」


 シャノンがますます嬉しそうにする。テンション高く手を握ってくるので、シャノンの陶器人形のように冷たい指先の感覚にまた気持ちがひやっとした。意味もなく上下に手を振り始めたシャノンのやたらと元気な動作にあわせ、たくさんのアクセサリーが大袈裟に揺れる。


 マスターは傷痕だらけの腕でちょいとメニューを指し示す。ボールペンを使って手書きされている、珍しく魔法が使われていない美しい見開きを、示されるままにコトナがゆっくりと開く。あ、今日も魔法を使わず手入れされた綺麗な爪先が見えた。このお姉さんも恵まれた人なのだとムーウは静かに歯を食いしばった。


 おだやかなピアノのCDが店内に明るく跳ね返った。


「お姉さん、裏メニューに紅茶がありますっ」


「裏メニュー?」


 小首を傾げて紙のメニューを引っくり返すコトナがあまりに可愛くてシャノンは「そうじゃないですよっ……」はしゃいでいる。女の人の可愛さって外側のかたちのことをいうんじゃないなあ。とおもう。美人というわけでもないコトナの顔立ちをぼんやり眺める。


 真っ赤になってコトナが慌ててメニューを戻すのをマスターはにやにやしつつ手招きした。


「……このバイトな、好きな男が紅茶好きだから淹れ方を覚えたそうだぞ」


 次はシャノンが顔を真っ赤にする番だった。

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