2-14.

       ◆


 作品には必然性が無ければならないわけです。魔法期以前のファンタジーであれば、なぜ作品に魔法が登場するのかを明確にしなければいけなくて、その説明を織り交ぜて小説を書きます。


 必要のないモチーフを書くと「どうしてこれをここに書いたの?」と尋ねてくる人ばかりいて、一つ一つ「要らないなら消したほうがいいんじゃない?」と批評される、それが作品というものの性質のひとつである。


 作品のなかで、世界とは意味のために在るのです。


 でも現実はそうなってません。


 我々の時代に魔法が存在するのは、強大なちからを持った魔王やらラスボスやらが平和を脅かしてるという初期設定が必要だからでも、魔法を上手に使える主人公によって世界を救うカタルシスをうむためでも、魔法をキャラクターの暗い過去から成長や希望に繋げて魅せたいのでもなくて、ただただ魔法が世界に先に作られてしまって、我々は生きながら勝手にそこに意味を見いだしたり見いだせなかったりしてるだけです。


 順番が逆なんですよね。


 現実のなかで、世界とは意味も無く唐突に存在してる。


 わたしは人間のちいささとか、意味の無価値さ、人生のむなしさがたまらなく苦しいです。


 この魔法社会でわたしは魔法を劇的な瞬間に使うことはできないし、魔法科学最先端の大企業の社長令嬢なのに人文科で文芸ライティングをしています。


 もしわたしの人生を小説にしたら要らないモチーフばかりでボツになってしまいますね。それが現実です。つまらない現実。


 だからこそ非現実的な――存在意義を必ず肯定しくれる、小説という箱庭に、わたしは惹かれます。


 小説に出てくる人は存在すべきだから作者に選ばれてうまれてくる。


 死も然りです。


「……若いな」


「おかしいですか?」


「いや、懐かしく感じた。変だと言ったのではない」


「っていうかこれなんの話でしたっけ」


「小説を書く理由」


「そうでした」


 似たような灰色のビルがくすんだ曇り空と同化している。小雨が視界を濡らしていく。傘が雨を奏でる。ぱたっ。ぽた、ぽたた。踏みしめるコンクリートと花壇の順繰りに不確かなかたさとやわらかさが続いている。物事の境界線が薄まっていく。


「……若いと言われると、ものを知らないと言われてるみたいです」


「そうとも言えなくはないがそういう意味あいではない」


「早く大人になりたいです」


「今のうちに今を楽しんでおけ」


「あと何年かしたら、わたしは小説を書かなくても生きていけるようになるのでしょうか。……それは生きていると言えるのでしょうか」


 曇り空との境目が消えたビルは、どれも背を競いあうみたいに高くて、それでかえって無個性な群れとなっていて、何処を歩いても何処にも辿り着けないような不思議な感覚と、でもこうして歩いていけばいつかアナログアンブレラへ着くのだということを、確かに、知っているという真実があって、一歩ずつ足を踏みだす、そのことに意味はあるのだろうかとムーウはおもう。


「以前、あの珈琲店の味について貴方の感想を聞いたときは、日常生活の細やかな部分を疎かにしない奥深さの魅力について言っていたな」


「そうですね」


「今日は、日常生活の細やかな部分を要らないモチーフだと言う」


「……そうですね」


「ずいぶんと極端だ」


「そうでしょうか。わたしは無意味ばかりの人生に意味を見つけだしたくてあの珈琲に魅力を感じるのだとおもいます。証拠がほしい。すべてを定義づけたい。細かいことも、なにもかも。小説や珈琲みたいに」


「なるほど」


「ずっと探しているんです。考えたらいつか正しい答えが見つかるかもしれない、怠惰であってはならない、絶対的な正しさを得なくてはならない、生きているからには。とおもいます。違いますか?」


「どうだろうな。私個人の意見としては、違うな」


「違いますか」


「解釈が変わるだけだ」


「はあ。解釈」


「絶対的な正解などというものは存在しない。解釈だ」


「でも、大人になれば視点が増えます。ものを知らなくて『若い』などと言われなくなります。見えなかったことを知り、正しい答えを得るのでは」


「解釈は無数だ。どれも正しいが、どれも正しくはない。そのうち選び疲れる。放棄のことを、人は『大人になった』とうそぶく」


「そういうものですかね」


「さあな。それすら解釈だ」


「では、」


 ボブヘアーのプラチナブロンドが風に吹かれて視界の端にふわりと映る。


「すべてを価値あることと定義したいわたしに、教官はどんな解釈をくださいますか」


 黒いスーツに映える白銀の髪を耳にかけながら、教官が振り向く。


「ふむ」


 空が緩慢に暗くなっていく。


「貴方は紅茶と珈琲とどちらが好きだ?」


「珈琲です」


 頷いて、教官は講義をするように低い声で滔々と続けた。


「一般的に紅茶のほうが珈琲より抽出しやすいと言われる。何故かというと、紅茶は珈琲に比べて雑味のもとになる成分が少ないからだ。もともとよい香味ばかりなので、好みの濃さに調節することに集中すればいい。しかし珈琲は美味しい成分と不味い成分の両方が同時に存在しており、どれだけ器具や温度を工夫して淹れたとしても、不味い成分が入ってしまう。第二次魔法期を迎え、人々は珈琲を魔法抽出するようになり、不味い成分は省いて美味しい味だけを表面的に強調し始めたが、それによって昔より珈琲がもっと評価されるようになったかというと逆だった。魔法珈琲は単調で面白みがないと言われるようになった。現代、魔法抽出士たちが必死に追い求めているものは、不味い成分も含んだ昔の珈琲だ。貴方も非魔法珈琲の複雑な香味を気に入っていたろう。存在の意味が在る要素、在るとは定義できず宙に浮いている要素、むしろ存在しないほうがよいとされている要素、すべてを含んで『複雑である』ということが非魔法珈琲の評価される点だと言える……と、解釈できるだろうな」


「……悔しいですがクォルフォア教官、説得力がありますね」


 そのままのムーウでいいのだと、素っ気ない口調なのに小難しい長文で慰めてくれているのが優しかった。


 彼は面白くもなさそうに鼻で笑って、


「だてに貴方より長く生きているわけではない」


 と、ほんとうに少し……少しだけ自嘲気味に言う。

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