1-13.
◆
どうしても道が覚えられないので検索用の〈タグ〉魔法を珈琲店に貼りつけてもいいかと尋ねると、マスターがにこにこと右手首を握って見せつつ、
「店内じゃなけりゃあ好きにしな?」
とのことだった。店内でうっかり魔法を使おうものなら殺されてしまいかねないな。相変わらずマスターの目が笑っていないことにムーウは笑ってしまいながら、四人みんなで外に出たとき人一人やっと通れる幅の階段へ検索用〈タグ〉を貼った。
これで空中ディスプレイから検索することができる。マスターが〈所有者許可シール〉を上に重ねてくれた。そうしないと〈タグ〉は違法になるのだ。
シャノンが小首を傾げて言った。
「そんなに遠くないのになんで道が分からないの?」
「金持ちの嬢ちゃんだからだろ」
「ムーウってお金持ちの家なの? いいなっ……」
そうして夜のとばりのおりた黒いビル街のなか道なき道を歩き始めた。木をすり抜け、噴水にずかずか入りこみ、花壇を踏み散らし、壁を突っ切り、塀に正面からぶつかっていった。機密保護用の〈フェイク〉魔法はいつも同じとは限らない。初めて見る気がするゴミ箱を蹴飛ばすように前へ進む。
よどみない歩調で行くマスターとシャノンについていくうち、ムーウは結局また道が分からなくなってしまった。
「……うーん、ナモ、なんでお金持ちだと道に迷うの?」
「バイトよ、お前さんの世間知らずもなかなかのもんだよなあ」
「なっ……! ば、ばっかっにっすんなあああ!」
シャノンの細い腕でばこばこ叩かれても筋肉で守られたマスターの腕は少しも痛くなさそうだ。むしろ面白そうににやにやしているマスターを見て、シャノンはもっとむくれた。
天気は今日も不安定で、星空が暗い雲に薄く覆われてくすんでいる。時折おもいだしたようにぽつりぽつり降ってはやんだ。
返さずにそのまま持ってきてしまった白い傘を広げて、金属の棒の部分を肩にもたせかけ、くるくるり、ポリエステルの花をまわしながらムーウは前の二人の会話を聞いていた。
「子どもの頃に、親が入っちゃならんと言った部屋に入ってみたり、校舎の裏側を探検したり、家族以外の――例えば友だちの家に遊びに行ったり、空き地に秘密基地を作ったり、近道するために大通りから小道へ入ったり、そういうアクセス権の低い場所に行ったこと、あるだろ?」
「ん? うん、ある」
「普通の人間は〈フェイク〉やら〈セキュリティー〉やらの魔法の感覚を子どものときに覚えんだけどよ、さすがにノクテリイ家の嬢ちゃんだと、どこに入るのも許可が無いなんてこたあねえだろうし、近道もなにも執事か護衛が毎回送り迎えしてそうだし、ってあ? そういやあ、」
マスターが勢いよく振り向いた。後方に控えているムーウの専属使用人をびしりと指さして叫んだ。
「お前さん、道案内ぐれえできんだろ!?」
「いえ、恐れながら」
とだけ使用人は答える。感情をオフに設定し、音声も極力オフと言い渡してあった。代わりにムーウが引き継ぐ。
「機械は魔法を正確には認知できません。とはいえ完全に無視することもできないので、中途半端に魔法に惑わされて、こういう道は混乱してしまうんです」
「えっ、この人ロボットなの!?」
シャノンが使用人の長身を見あげてぽかんとした。
「個体識別名はユアンといいます。わたしの使用人兼護衛人です。さっきカフェモカ飲んでましたけど、飲食できます」
「美味しくいただきました。私の分まで恐縮です」
「し、使用人……護衛……うわっ……ムーウってどこかのお嬢さまなの……いいなぁ」
「おいおいバイトよ、いくら世間知らずと言ってもな、ノクテリイ家を知らんのか? 人工知能のあのヒトロイドグループだろうがよ?」
「えっ、えええっ、なんであほナモはムーウのおうちを知ってんの? ストーカーなの……?」
「なんでそうなる!」
「そしてこの眼鏡イケメンはムーウのおうちの方向音痴ロボット……」
方向音痴ロボットと呼ばれさすがの機械もちょっとむっとしたように唇を引き結んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます