第9夜 道徳の授業にて

 小学校の5年から卒業するまでの2年間の担任は女性のk先生だった。

 三十過ぎで独身。統率力も教える能力もない。

 ご多分に漏れずヒステリー持ち。

 当時、筆者はクラスの中で奴隷のような扱いを受けていたがそんな先生なので相談する気にもなれなかった。

 あまり思い出したくもないクラスだがある日の授業だけは記憶に残っている。

 なぜなら小説を、物語を創る初めての授業でもあったから。


 さて、問題の道徳の授業の日。

 奇しくも父兄参観の日でもあった。

 普段なら教室に備え付けのテレビでNHKの道徳用ドラマ番組を視聴した後、皆で感想を適当に言い合うだけなのだが流石に親御さん達の前では不味いと判断したのだろう。

 我らが担任は授業が始まるとクラス全員と参観している親達にまでプリントを配った。

 内容は概ね以下の通り。

 

 * * * * * * * * * 

 ・主人公は小学5年生の女の子、菜摘なつみちゃん。

 ・祖父母と両親と産まれたばかりの弟と暮らしている。

 ・両親は共働き。弟の世話は祖父母がしてくれるが、菜摘ちゃんもオムツ交換などを手伝っている。


 ある日、事件が起きる。

 給食当番だった菜摘ちゃんはカレーシチューをよそう係。

 一生懸命によそっていたら意地悪な男子のふとしくん(通称ブッチャー)にからまれた。

「おい、お前は家でオムツを替えているそうだな。なんか汚え感じがするからやめてくんねえか。ましてや今日の献立はカレーシチュー。もうそれそのものにしか見えねえ」

 強烈な言霊を発するブッチャー。

 クラスの中に戦慄が走る。

 誰の目にもカレーシチューはそれにしか見えなくなっていた。


「ちゃんと菜摘は手を洗っているよ。菜摘に謝んなさいよ、このブッチャー」

「ひどい。菜摘は一生懸命やっているのに……」

 彼女の友人の田村さんと吉田さんがブッチャーの前に立ちはだかった。


「そういう問題じゃねーの。気分的な問題なんだ。もっと食べる人の気持を考えてくれ。そのへんの心遣いが全然できてねえじゃねえか」

 ブッチャーは言った。


「難クセをつけるのはやめたら。そんなにご不満ならブッチャーは無理して食べなくってもいいのに。きっといいダイエットになるんじゃないの」

「そうだそうだ。聞いたわよ、ブッチャー。こないだ相撲部屋からスカウトされたとか。さっさと部屋で稽古してそのワガママな性格も直してもらうといいわ」

 田村さんと吉田さんはブッチャーを責めた。


「いや、俺はただ気分良く食いたいだけだ。給食費を払っているからには食べる権利がある。ちょっと配慮をしてくれるくらいいいじゃねーか、なあ」

 ブッチャーは反論した。


「お前たち、何を騒いでいる。給食の時ぐらい静かにできないのか。ちょっと先生が目を離すとこれだ」

 そこへ担任の飯塚先生が遅れて教室に入ってきた。 

 * * * * * * * * *


 渡されたプリントにはここまでしか書かれていなかった。

「先生、話が途中で切れているんですが。これの続きは?」

 一人の生徒が質問した。

「皆にはこの続きを書いてもらいます。できた人から朗読して発表してもらうのでそのつもりで。そうね、10分もあれば充分でしょう。ではそれまでに皆の傑作を期待しています」

 k先生はなぜか勝ち誇ったように答えた。

 それを聞いてクラス中が騒がしくなったが、すぐに全員は物語の続きを考え始めたので静かになった。


「はい、10分経過。発表できる人は遠慮なくどうぞ」

 k先生の声が教室に響いた。

 しかし誰も名乗りを上げない。


「誰もいないなら私が発表します。よろしいですね」

 そう言ったのは熱心な教育ママで知られるマル夫くんのママ。

 以下はマル夫ママの物語。

 

 * * * * * * * * *

 双方から話を聞いた飯塚先生はようやく事情を把握した。

「なんだ、そんなくだらない事で揉めていたのか。よし、菜摘。先生にカレーシチューをよそってくれ。うん、美味そうだ。では早速いただきます。あ~、これはたまらん。美味い美味い。別に汚くもなんともないぞ。おかわりをしていいかな。もう3杯でもいけそうだ。ああ、美味い」

 飯塚先生は実にいい食べっぷり。

 食レポもイケそうなくらい美味さが伝わってくる。


「ちょっと先生、一人で全部食べてはダメです」

「俺にも食わせろ」

「私にも」

 菜摘の前に皆が殺到した。


「どうだ、太。まだ食べないつもりか。まあ、いまさら食べたいとは言いづらいよな。男の意地だってあるし。意地を張り通すのもまた一興」

 飯塚先生がブッチャーに言った。

「いや、実を言うと腹が減ってたまりません。この太はあくまで花より実を取ります。女子一人に頭を下げることくらい。身から出た錆ですが泥をかぶるのもまた男。今から菜摘に謝ってきます」

 * * * * * * * * *


 マル夫ママの物語はここで終わっていた。

 いきなり生徒の親が発表したので担任も戸惑っていた。

 教室の中は微妙な雰囲気。


 突然だがここで筆者が寸評を行う。

 どうにもご都合主義だし、ブッチャーのキャラクターがブレ過ぎている。

 もっと菜摘の悲しみを表現しても良かったかも。

 しかし最終的にブッチャーが謝ろうとしていたのは好印象。

 100点満点中55点。


 次に手を挙げたのはクラスで一番の乱暴者、岩城くん。しかも寺の跡取り息子。

 彼の物語を紹介したい。

 

 * * * * * * * * *

 その時である。

 ”ドガアァァーンッ!!!!”

 大地をつんざくような轟音を皆が聞いた。

 皆が一斉に窓の方を見ると超獣ちょうじゅうが外で大暴れ。

 超獣は口から一兆度の火炎球を校舎に向けて吐き出し、とどめに足で生き残った生徒や先生を踏み潰していった。


 嗚呼、諸行無常。

 全ては移り変わりゆく。

 もののあはれかな。

 * * * * * * * * *

 

 k先生も親達も反応に困っていた。

 しかし子どもたちには大受けだった。


 寸評。

 論外。

 しかし不思議なパワーを感じるのも確か。

 破壊衝動を物語に昇華してある。

 子どもたちの反応は正直。

 何より授業参観でこの戯けた物語を堂々と発表した度胸を評価したい。

 40点。

 ちなみに怪獣ではなく超獣なのは当時ウルトラマンAが再放送されていたから。


 最後はクラスで一番の人気者、ダイちゃんの物語。

 

 * * * * * * * * *

 オムツ交換を手伝っている菜摘ちゃんのよそったカレーシチューは汚いのか。手を洗った洗わないの問題ではなくイメージの問題でそれに対して配慮するべきなのか。

 こうしてああでもないこうでもないと話し合っていると、給食の時間終了を知らせるチャイムが鳴ってしまった。

 * * * * * * * * *


 これには教室中が大受け。

 さすが人気者だけあって面白いストーリーも創れる。

 ダイちゃんの人気は更に上がった。

 寸評。

 短いのが良い。

 オチも良い。

 こういうのでいいんです。

 85点。


 では筆者の物語は?

 この道徳の授業ではなんにも創れなかった。

 しかし今の筆者はカクヨムでそれなりに研鑽を積んだつもり。

 この一週間で話の続きを無事創れた。

 ゆえに今から発表したい。


 * * * * * * * * *

 さて、渦中の菜摘はポケットに手を入れるとビニールの小袋を取り出し、中にはいっている怪しい粉末をカレーシチューの鍋にぶち込んだ。

 その途端、カレーシチューの色は真っ黒に変わった。グツグツと音がしてボコッボコッと大きな泡が浮かんでは消えている。

 見た目の変化も凄まじいが何よりも魅惑的な香りが鼻をくすぐる。

 最初にそのシチューを飲んだのはブッチャー。

「これは!?」

 おかわりをしようとするブッチャーを押しのけて他のクラスメイトがシチューを飲もうと殺到。

 皆、理性を失っているようだ。


「お前は一体何を入れたんだっ!?」

 飯塚先生が訊いた。

「13種の毒キノコと毒草を乾燥させブレンドした粉末。さあ、先生も召し上がれ。抵抗してもムダ。この香りに耐えられる人はいないのだから」

 菜摘が答えた。


 誘惑に負けて飯塚先生はカレーシチューをガツガツと口の中へ流し込んだ。

 顔面からダラダラと汗を流し、一心不乱に食べている。


 やがて教室のあちこちから、

「ああ~っ」

 と奇声が聞こえた。

 ブッチャーをはじめシチューを食べたすべての生徒が白目をむいて恍惚の表情を浮かべている。

 そのうち、一人倒れ二人倒れ気がつくと菜摘以外の全員が倒れていた。

 ビクビクと痙攣してのたうち回っている様はあたかも陸に上がった魚のよう。

 彼らは口からゲロを吐き、尻からは(以下略)。


「なんなんですか、騒がしいって……。これは、一体!?」

 異変を感じたのか、隣のクラスの担任が様子を見に来た。


「ウッ、食中毒!? 変な臭いがするッ! 皆、大丈夫? こんな地獄絵図のような光景、一刻も早く救急車を呼ばなくては」

 隣のクラスの担任は驚いて言った。

「地獄絵図? いいえ、彼らは全身で天国を堪能しているはず。それはともかく先生もこのカレーシチューをどうぞ」

 菜摘は先生のためにカレーシチューを差し出した。

 * * * * * * * * *


 如何だったであろうか。

 筆者がカクヨムで研鑽した結果が上記の物語。

 我ながら酷い出来である。

 だが、小学生の時は物語を完結させることすら出来なかった。

 小学校からの宿題を大人になって片付けた気分はそんなに悪くない。

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