第4夜 必殺技伝授

 ウルトラマンにはスペシウム光線。

 仮面ライダーにはライダーキック。

 マジンガーZにはブレストファイヤー。

 孫悟空にはかめはめ波

 

 ヒーローには必殺技が付き物だ。

 どんなに強い敵でも、必殺技を出せば敵は倒れる。

 男の子が思わず真似したくなる魅力。


 筆者も当然、真似をした。

 告白すれば、大人になった今でも身に付けたい必殺技はある。


 恥ずかしながら今の時点で身に付けたい必殺技ベスト3を挙げてみる。

 まずは神砂嵐かみずなあらし

 ”そのふたつの拳の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙!!”

『ジョジョの奇妙な冒険第二部』のワムウより。


 次は拘束制御術式クロムウェル零号開放、通称は死の河。

 ”死だ! 死が起きている!”

『ヘルシング』のアーカードより。


 最後はキン肉バスター。

 ”へのつっぱりはいらんですよ”

 ”ことばの意味はわからんがとにかくすごい自信だ”

 ”火事場のクソ力”

『キン肉マン』のキン肉マンより。


 いかがだったであろうか。

 漫画が好きなかつての男の子だったら妥当なところだろう。


 ところが、必殺技が大好きな筆者は、自作の小説では必殺技を登場させていない。

 理由は二つ。

 一つ目は必殺技を出して解決するワンパターン化を避けるため。

 二つ目は、実際に必殺技を習った経験から。


 筆者は習得は出来なかったものの、若い時分は色々な武術を習っていた。


「空気投げはこうやるのだ!」

 古流柔術の自主稽古で師範代が筆者にこっそりと教えてくれた。

 空気投げとはもちろん、あの三船久蔵みふねきゅうぞう十段の得意技。


 以下は空気投げの手順。

1、相手と真正面から組む。柔道のように組んでも、両手で襟を掴んでも構わない。

2、相手を掴んだままの両手を車のハンドルを回すように左に回す。つまり左手は下に、右手は上に位置する。相手の上半身は向かって左側に傾く。

3、当然、相手は倒されまいと上半身の体勢を真ん中に戻そうとする。その戻そうとする力利用して、掴んだ両手を今度は右回転。

4、そのまま右足を一歩後ろに退くと同時に右膝を地面につける。上手く行けば相手を自分の右後方に投げることが出来る。

 以上。


 空気投げという言葉には神秘性があるし、ロマンもある。

 本当の名人ともなれば、ほぼ力を使わずに空気投げで相手を投げ飛ばせる。

 しかし実際は習得にセンスも要るし時間も要る。

 相手を投げ飛ばすのが目的なら、空気投げにこだわる必要はない。


「我が拳法では発勁はっけいとは呼ばずに発力はつりょくと呼ぶ」

 形意拳けいいけんを源流に持つ意拳いけんを教える先輩はそう言った後、筆者に発力のやり方を指導してくれた。

 発勁(ここでは発力)という言葉はバトル漫画において頻繁に出てくる。

 修業によって、それを身に付けた主人公がパワーアップして倒せなかった敵を倒せるようになるストーリー。

 だからこそ発力を習う時は、自分も無敵になれる! と興奮した。


 以下は発勁(発力)の手順。

1、右拳を直拳ちょっけん(ストレート)で相手にめがけて打つ。

2、その際に右足を持ち上げ震脚しんきゃく。つまり思いっきり右足を地面に踏み込む。

3、踏み込みに秘訣がある。右足を前方や真下には踏み込まない。ちょうど闘牛が向かってくる時に前足で地面をひっかくように足を踏み込む。

 以上。

 補足として、これを左右で何回も繰り返せばデンプシーロールになる。また胸骨に当てれば心臓震盪しんぞうしんとうを起こして死ぬので胸には決して当てぬこと。

 イヤハヤ、確かに文字通りの必殺技である。


 無論、手順を教わっただけで使いこなせるわけではない。

 空気投げは相手を掴む前にジャブで倒されたらどうしようもない。

 発力は功夫ごんふー(練習量)がなければ効くわけもない。

 リアルな必殺技は普段の地味な辛い練習の延長にある。

 そこには神秘性もロマンもない。


 筆者はこれらの必殺技を習得できなくて良かったと思っている。

 ついカッとなった時にウッカリ憎いあんちくしょうに使いかねないじゃないか。

 昔、相手をチョイと押したらその相手はマンガみたいに吹き飛んだことがあったので、筆者自身に必殺技は必要ない。

 だから自作の小説では必殺技を登場させるのが億劫になってしまった。

 やはり必殺技はフィクションの荒唐無稽のスカッとする技に限る。


 蛇足だが、ここまで読まれた方のために、すぐに使える必殺技を紹介したい。

 と言っても、守りの技なので安心してほしい。

 あなたを怒鳴っている人、叱っている人、クレームを、難癖をつけてくる人。そんな人が今まさにあなたの目の前にいる場合の対処法。


 以下その手順。

 1、肩の力を抜きダラリと肩を下げる。そして首をスッと上に伸ばす。

 以上。


 これだけ?

 そう、たったこれだけ。

 これだけのことであなたの呼吸は深くなり精神は落ち着く。

 それを見た相手は、ますます怒り自滅していく。

 相手の目的はあなたを怯えさせ怖がらせることなのだから。

 あなたは何を言われても平気の平左。

 相手がますます怒っていくさまを見て楽しむのもあなた。

 

 気分は剣聖・上泉伊勢守かみいずみいせのかみ

 剣の達人は真剣勝負では怒りに飲まれないし、くだらない挑発にも乗らない。

 呼吸は深く、怒鳴り声やクレームは笑って聞き流せる。


 上司からの理不尽な説教を聞かされる時!

 仕事でお客からの理不尽なクレームをあびる時!

 肩を下げ、首をスッと伸ばすことを思い出して役立てていただければ幸いだ。


 なにせ、筆者はいつも説教やクレームを聞く度にこのありがたい技を忘れてしまう。

 肩はガチガチ、首はコチコチ、殺気満々。


 筆者は使えなかった技だが、これを読まれた皆様ならきっと使いこなせると信じている。

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