第3夜 なりたかった職業
「とてもご立派な体格をされていますね。柔道かラグビーか相撲をされていたんですか? 部屋からスカウトが来たりとか」
「いえ、とんでもない。食っちゃ寝してたら太っただけです。むしろ小さい時は痩せっぽちで喘息持ちで偏食で虚弱で本を読むのが好きで、おまけにいじめられっ子だったんですよ」
「ワハハハ、ご冗談を! ワハハハ、ワッハハハハ!」
これは初対面の人と話す時の典型的なやり取り。
会話の切っ掛けとして筆者の体格はイジりやすいのだろう。
今でこそ体重104kg、身長175cm。
汗っかきの大食漢。
武術の黒帯も三つ所持し、柔道整復師と鍼灸あん摩マッサージ指圧師の免許持ちゆえに人体の急所の知識も多少ある。
だから昔は体が弱かった、と言っても冗談としか受け取ってもらえない。
しかし本当に冗談であれば良かったと思う。
小学二年生の時は毎晩のように喘息の発作を起こし、学校も休みがち。
成績は当然悪く運動も体力がないので体育の時間は自分がダメ人間だと思い知らされる時間だった。
勿論、こんなダメ人間にも感情はある。
必然的に強い者に憧れるようになった。
ウルトラマン、仮面ライダー、ゴレンジャー、孫悟空、ブルース・リー。
そしてプロレスラー。
特にプロレスラーのタフネスさや無茶苦茶な暴れっぷりは、惨めな現実を忘れさせる力があった。
それ故に金曜の夜八時のテレビは『3年B組金八先生』ではなく『ワールドプロレスリング』だった。
”人という字は人と人とが支え合ってできている”とか”腐ったミカンは放り出さなければ”なんていうのは見ているだけで気が滅入る。
それよりはタイガー・ジェット・シンが凶器のサーベルで相手選手を血だるまにする方がスカッとする。
前述のインドの狂虎ことタイガー・ジェット・シンは金八先生もビックリの名言を残している。
「いいか、世の中には殴る人間と殴られる人間の二種類しかいねえ。だから俺は殴る方の人間になった」
掛け値なしの名言だ。
以下、思いつくままプロレスラーの名言を挙げてみたい。
「相手がワルツを踊れば私もワルツを踊り、ジルバを踊れば私もジルバを踊る」
by 冷血の料理人ことニック・ボック・ウィンクル。
筆者はこれを会話に応用したところ、どんな女性とも話が弾むようになった。
「悲しいことがあったらロングホーンをつくって空にむかって“ウィ―――――”と叫べ。かならず勇気がわいてくる」
by ブレーキの壊れたダンプカーことスタン・ハンセン。
もっと早くこの名言を知っておくべきだった。
「どんなに頭に来ても最後の言葉だけは言うなよ。いつまたその人にお世話になるかもわからんからな」
これは誰が言ったか失念してしまった。
それでも今の筆者にとって最も役に立っている言葉である。
昨日も、言葉をグッと飲み込んでいたらまさにその相手から助けられたのだ。
秘かにプロレスラーになることを誓った筆者は、当然プロレスラーの振る舞いも真似をした。
テレビ東京で放映していた『世界のプロレス』という番組。
クラッシャー・ブラックウェルなる巨漢レスラーが出ていた。
「俺はこれからすぐ後に試合だが腹が減っては戦は出来ぬ」
そんなことを抜かすとまたたく間にハンバーガを13個平らげた。
「俺は健康にも気を使っているから野菜も忘れちゃいけねえ」
そんなことを抜かすとボウルに山ほど盛られたサラダをあっという間に平らげた。
これから試合なのにあれだけ食べて”健康に気を使っている”と言ってのける根性にやられた。
筆者も真似をしたが、ハンバーガは6個が限界だった。
筆者自身は様々な理由でプロレスラーになることはとっくの昔にあきらめている。根本的に向いていないのだ。
それでも彼らの豪快な言動は日常生活に影響を与えている。
最後に
「俺だけ見てりゃいいんだ、オラ!」
強力な承認欲求なのか自己顕示欲なのか、とにかく振り切れている。
「俺の作品だけ読んでりゃいいんだ、オラ!」
筆者も真似をしたが、いまいちキャラに合っていない。
やはり根本的にプロレスラーには向いていないようである。
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