第2夜 グルメ漫画

 グルメ漫画がわりと好きだ。

 美味しそうな料理。天才的な腕前を持つ主人公。

 この世のありとあらゆるトラブル、例えば片思いやイジメはもとより、経営難から出世競争、果ては国家間の紛争ですら美味しい料理で解決してしまう超展開。


 旨い料理でトラブル解決なんて、漫画だから許される。

 前はそう思っていたが、様々な経験を経て考えを改めた。


「いやあ、普段は仲が悪くてお互いに反発ばかりしていたのに、美味しい物を食べながらだとスンナリ話がまとまるから人間って単純ですよね」

 これは春風亭小朝しゅんぷうていこあさ師匠が新しい落語の会を立ち上げた時の言葉。

 実感がこもっているので印象に残っている。


「営業っていうのは、美味しい店をどれだけ知っているか。それがモノをいう」

 こう筆者に語ったのは元営業のKさん。

「へえ、どこが一番美味しかったんですか? 今度連れてってくださいよ」

 旨い飯にありつけるチャンスを逃してなるものか。

「うん、一番は路地裏にある天ぷら屋だ。おまけにそこの娘も可愛くってな」

「へえ、楽しみですね。特にカワイコちゃんを拝んでみたいもんです」

「うん、そのカワイコちゃんは今の俺の嫁だ」

「ああ、それは失礼しました」

 ただの惚気だった。


 数年前に勤めていた職場の紅一点、Sさんは筆者に怒りながら話してくれた。

「ちょっといい感じの男がいて、夜一緒にご飯を食べることになったんだけどどこに連れて行かれたと思う? 大戸屋よ、大戸屋! それからその男とは距離を置くようにしたわ。私をバカにして(怒)」

 筆者からすれば大戸屋なんて贅沢極まるが……。

 おそらくその男は下心も何もなく、ただ普通にご飯を食べたかったのだろう。

 そう思ったが余計なことは言わなかった。

 沈黙は金。


 筆者自身はグルメ漫画の主人公とは逆の事ばかりやらかしてきた。


 あれは職場の上司にお年賀をお渡しした時。

 予算が五千円だと大したものは買えず、迷いに迷ってコーヒーにした。

 それからしばらくして先輩から『あの上司はコーヒーが大嫌いで有名だ』と聞いたが後の祭り。

 そのせいかどうかはわからないが、春になって上司から解雇を告げられた。


 筆者が治療院を開業した時。

 専門学校の同級生が開業祝いに来てくれた。

 今日は大いに食べ、大いに飲もうじゃないか。

 筆者が奢るぞ、金の心配はするな。

 友人がわざわざ祝いに来てくれたのが嬉しかった。

 駅前のとある居酒屋に入った。

 お好み焼きを注文したのが悪かった。

「大阪風じゃないか! なんだ、このゲロみたいなのは! 客の俺が焼かなきゃいけないのか!」

 出てきたお好み焼きを見た友人が、怒ったところを一度も見せなかった友人が激怒。

 友人が広島出身だったことを忘れていた筆者のミスとは言え、これほどまで怒るとは。

 それ以来、その友人とは疎遠になってしまった。


 自分の治療院が潰れ、紹介された治療院に新人として入った時。

 そこの教育係の先輩とは食べ物の話を通じて仲良くなった。


「オレはネギだけは食えねえ。大っきらいだ!」

「へえ、あんな旨いものを勿体無い。僕はとろろが嫌いですね」

「オイ、本気か。冗談だろう。あんな旨いものを」


 その治療院において、筆者は新人扱いだったので雑用ばかりしていた。

「オイ、波里。お前今からオレのために弁当とお茶とお菓子を買ってこい。オレが食いたいなと思うものを買ってくるんだぞ。これはお前という人物を見極める試験でもある」

 試験ならば真面目にやらねば。

 急いで買ってきて先輩にコンビニの袋を渡した。


「オイ、お前。オレがネギが大っきらいと言ったのを忘れたのか? なんでネギ豚丼なんて買ってくるんだ?」

「ああ、すっかり忘れていました。お疲れのようなので豚肉で疲労回復してもらおうかと。となると薬味はやっぱりネギで決まりですね。ええ、次からは気をつけます」


「オイ、お茶ったら普通緑茶だろう。まして弁当のお供だ。なんでジャスミン茶なんだ?」

「いや、飲んだらお口がさっぱりするかと」


「それに! お菓子を楽しみにしてたのになんでルマンドなんだ?」

「えっ!? 嫌いだったんですか? 僕はお菓子といえばルマンドです」

「お前のセンスは最悪だ。これから仲良くやっていけるとは思えねえ」

 先輩は予想以上に怒っていた。

 筆者としては全てにダメ出しをされ、少し腹が立っていた。


 それから先輩はネギ豚丼から必死に青ネギを箸でつまんではフタに置いていた。

 筆者はそれを見ながら、いい歳をして好き嫌いがあるなんて情けない、と思った。

 もちろん、面と向かって口には出さない。沈黙は金。

「オイ、お前。いい大人がネギが食えねえのは情けねえ、と思っただろう!」

「いいえ、どんな歳になっても嫌いな物の一つや二つあるはずです。そんな卑屈にならないで」

 一応はフォローをしたつもりだった。

 だが先輩からはその後もイジメというかパワハラを受けたので嫌気が差してやめた。


 改めて文字にしてみると、自分のダメっぷりに頭が痛くなってくる。

 それでも、グルメ漫画の主人公なら筆者のやらかした失態を美味しい料理で解決してくれると信じている。

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