1-5 緋色の女
檻の中
黒紅色の者たちは真白を囲って、牢屋に入れた。
アジト自体が地下にあるせいか薄暗く、檻の中も空気がジメジメしている。
相手が昼食を運んではきたけれど、器に入ったものは水っぽくて、味もまずい。地面のカビ臭さも相まって、囚人になったような気分だ。
顔を上げると、視線の先には細長い廊下が横に伸びている。もっとも、鍵を閉めてあるため、前へは行けない。真白は体育座りでうつむくばかりだった。
理不尽さを噛みしめながらも、捕まったのは自業自得だと自分を振り返る。なんせ彼が不甲斐なかったばかりに、雪野は滅んだ。再演もバッドエンドに向かうと思うと、モヤモヤとした気持ちが胸に湧く。
ゲームの中であろうと真っ白な少年は、能なしだった。おのれの存在価値とはなにだったのだろう。なにのために勇者はクルールに降り立ったのか。ネガティブなことを考えると、心まで真っ白に染まる。以降も思考を巡らせてはみたものの、むなしさが増すだけだった。
後悔ばかりが頭に浮かぶ中、廊下では女性の団員たちが涅の処遇について話し合う。
「彼、さすがに暴れ過ぎだわ」
「殺す? 生かす?」
「さあね。でも
彼女たちは勇者も殺すのだろうか。
一ミリは生き残る可能性を思い浮かべたものの、しょせんはむなしい希望である。
侵入者を生かしてもデメリットのほうが多い。なにより黒紅色のメンバーは冷酷だ。敵ならば情が湧く前に殺す。真白は真っ暗な未来を憂いて、ため息をつく。
ほどなくして結論を出したようで、若い女性たちが退いた。彼女たちと入れ替わる形で、ヒールの音が廊下に響く。コツコツと金属を鳴らすような音だった。
顔を上げると、ヒールをはいた女が立ち止まる。彼女は紅色がかったブラックのドレスを着ていた。ツヤやかな黒髪を背に流して、消炭色の瞳を少年へ向ける。次に女は鉄の扉を開けて、牢屋に足を踏み入れる。
「無様だな」
静かな声で、言葉を吐く。
真白は無言でリアクションを返した。
重たい空気のただよう中、彼女は淡々とした口調で告げる。
「本物の英雄譚であろうと失敗するだろうな、貴様は。憎しみと一緒に愛まで忘れた男だろう? そのような人間がいかように成長するのやら」
真白は頑なに無言を貫く。
無様であることは自分もうなずけるし、言い返す気力はとっくの昔に失せている。相手の話も半分は聞き流すつもりだった。
とはいえ、言われっぱなしなのはプライドが傷つく。ささやかな抵抗として、問いを投げる。
「なんで、着たんですか?」
「理由はない」
すばやく答えを返す。
「アハハハ。わざわざ向かうための理由を作るほど、貴様はおのれを高く見ているのか? あわれだな、まったく」
紅色の唇から高笑いが飛び出す。
真白は目をそらした。
彼の人格は白に染まっている。他人の指示を聞いては流れて、またはただようばかり。挙げ句の果てに魔王にたどり着く前に捕まってしまう。最初から自分が無価値であるとは、知っていた。檻に入った理由もよく分かる。ゆえに相手がいくら煽ろうが彼の心は凪いでいた。
結局、『勇者と魔王の物語の再演』の正体は霧に包まれている。なんのためにイベントを開いたのだろうか。
首をかしげて、自分なりに思考を巡らす。
まず、再演とは真白をおびき寄せるために罠だ。黒幕は魔王に仕えるメンバーだと読む。彼らのボスの望みは勇者との決着だったため、真白が城に赴く理由を作った。要は、勇者と魔王の戦いを現代で繰り返すつもりだったのだろう。
されども真っ白な勇者を動かすにしても、もっと楽な方法があったはずだ。なぜ無能な少年のために大掛かりな仕掛けを用意したのか、疑問が残る。頭にもくもくと雲が浮かぶ。思考を巡らせたところで、謎は謎のままで終わりそうだ。
「君こそ、どうなんです?」
気持ちを切り替えて、問いを投げた。
「僕のことは、どう思っていたんです?」
答えを待つ間、鼓動がドキドキと高まる。体が熱を帯びて、肌が赤らんだ。
彼は裏切りを受けてなお、自身が見た花咲彩葉の笑顔は本物だと、信じている。彼女との思い出をウソにしたくなかった。
巫女もしばし表情を固めたものの、すぐに高い声を出す。
「滑稽だな、おのれが愛を受けたと信じ、すがりつくとは」
軽やかな笑い声が、胸に刺さる。
相手はいったん口を閉じてから、紅色の唇で堂々とした言葉を吐いた。
「シルバーのアクセサリーなど、恥ずかしいものを渡しよって。貴様のように財力もわずかな者の世話など、二度とせぬ。苦痛で仕方がなかったぞ。貴様に向ける愛など、とうの昔に捨てたのだ」
彼女の言葉を聞いて、真白は口を閉じる。
分かってはいた、自身が抱いた希望は甘い妄想だと。
けれども実際に彼女の口から真実を聞くと、ショックを受ける。
目が覚めるかわりに、視界が暗くなった。だらりと腕を下ろして、地面に触れる。湿っぽくて、ザラザラとしていた。体の表に出ていた熱も冷めていく。
ほんの一ミリでもいいから、真っ白な少年を想ってほしかった。
彼女の笑顔や優しさがウソであると、切って捨てたくはなかった。
深い闇が体の内側までひたす中、巫女は鉄のような瞳で少年を見下ろす。
「くだらぬ人間だったな。一生、とらわれたままでいるがいい」
彼女は通路の進行方向を向く。ヒールを鳴らして去ろうとするところを見て、とっさに真白は呼び止めた。
「待ってください」
伝えたい言葉があったから、声を張り上げる。
少年の悲痛な色が浮かんだ顔を、消炭色の瞳がとらえた。
深呼吸をしたあと、鉄格子の内側で、薄っぺらい唇を動かす。
「君は自分を誇ってもいい」
彼女の背中を押すつもりで、口を動かす。
「素敵な人だったから。僕を騙すくらいには、演じきったから。だからもっと誇ってもいいんですよ。たとえ表に出したものがウソだったとしても」
フンと、巫女は視線をそらす。
ヒールの音を鳴らしながら、今度こそ彼女は去った。紅色がかったブラックのドレスの上で、黒い髪が揺れる。
彼女が消えて、真白のぼんやりとした顔でうつむく。
自分は裏切りを受けた。真実だと信じていたものが偽物で、相手の手のひらで踊っていただけだと気付いて、立ち上がれなくなる。今度の展開は霧によってかすんだ。目的も夢もきぼうも愛も、なにもかもを失ったような気分に沈む。ひざを抱えて、腕の中に顔を伏せた。
心の中にあきらめの感情が浮かんでから、何分がたっただろう。三〇分、
いずれにせよ処刑を待つ身だ。全てが終わったと思い、せめて周りの景色だけでも堪能しようと、ムダな抵抗をする。目線だけで遠くを眺めようとした矢先、床に光るものを見つけた。よく見つめる。鍵だと分かった。
脱出のチャンスだが、罠の可能性がある。使うか
悩んだすえに鍵を使うと決める。
自由の身になりたいとは感じていたし、彩葉が偽物ならば、なおさらアジトに留まる理由がない。
脱出の意志を固めて、鍵穴に鍵の細い部分を差し込む。持ち手を握りしめると手応えがあった。半信半疑のままひねると、ガチャリと鉄格子の錠が開く。
本当に開くとは思わなかった。目を見開き、キョロキョロと廊下を見渡す。
爆発するのではなかろうか。ヒヤヒヤしつつも檻を何度も見返す。鉄の柵は静かにただずんでいた。
ひと安心したところで、遠くで爆発音が上がる。同時にかすかに耳に届いていた喧騒も途絶えた。
体が跳ね上がり、イヤな焦りが肌を流れる。頭を暗い予感がかすめていった。
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