タネ明かし

「さすがに暴れ過ぎだ。連れて行って、閉じ込めろ」


 巫女が簡潔に指示を出すと、部下も「はい」と従う。

 彼らは涅を複数人でガシッと取り押さえると、通路の奥へと向かった。

 涅色の男を連れ去ったあと、巫女は真白へ視線を移して、不敵に笑う。


「貴様はさぞ混乱していることだろう。親切な私がサービスとして、説明しようか」


 少年もおとなしく話の続きを待つ。


「一言で言えば……貴様はレールの上を歩む勇者の抜け殻だった。我々がやったのは例の物語の再演を行い、勇者を選ぶこと。それが白い少年だった。要は貴様が歩んだシナリオは最初から定められたものである。全ては魔王と勇者を引き合わすため。そのために、私自身をも餌にした」


 話を聞いて、胸がとどろく。

 強い光を浴び、爆発の音を聞いたように、目が覚めた。みるみるうちに顔が青くなる。


「結局、僕は」


 再演の主人公は自分ではなかったのか。最初から最後まで敵の手のひらの上だったと思うと、むなしさを覚える。湿った空気の中、心が沼に沈んでいく。


「ピエロだったと」


 振り絞るような声を出しながらも、全ては自分の責任だと、現実を受け止める。

 気持ちを静めた直後に、彼女の言葉に違和感を覚えた。

「私自身をも餌にした」とはいったい……。

 混乱しつつも頭に一つの情景が浮かんで、顔を上げる。


「彼女は――花咲彩葉は今、どこに?」

「目の前にいよう?」


 おずおずと問うと、巫女はあっさりと答えた。

 すぐに首を横に振る。


「君と彼女は違います。彼女はもっと優しい人だった。あなたのような、冷たい人ではない」


 早口になる。

 焼けるように胸が痛い。

 焦げるようにひりついた肌に、汗が伝った。


 やわらかな顔立ちと凛とした眼差しが、脳裏をかすめる。違う、違うのだ。裏切り者の巫女とは別人だと、心の底で叫ぶ。


 目の前に見えるのは、黒髪の女だ。神社に務める巫女であり、真白をアジトまで導いて、敵に捕まる原因を作った者でもある。彼女が花咲彩葉であるはずがない。虹色の女優は女性らしい雰囲気の、誰もが愛する国民的ヒロインだった。


 現実から逃げているだけだと分かっていながら、か細い光の筋にすがりつく。


「ならば仕方あるまい。貴様が信じぬのなら、証拠を見せる」


 巫女が顔に手をかざすと、体の内側から光を放った。

 少年は座り込んだまま、目を見張る。いつか見た光景を目の当たりにして、口を閉ざした。生温かい感触が背中やほおる。彼は力を失ったまま、ぼうぜんと結末を見届けた。


 光が止む。目の前で影は新たな少女の姿に変わった。


 七色の輝きを帯びた白っぽい髪が、肩にかかる。目の前に現れたのは、白百合の肌とバラ色のほおを持つ少女だ。萌黄色の瞳は華やかでフレッシュな雰囲気を感じる。身につけたコートはフローラルホワイトで、きのうの朝に家を出たときの格好と同じだ。


 全身からあふれ出す花の香りに、心がざわめく。殺風景だった廊下が、彼女の登場によって一気に華やいだ。


 容姿だけを見るのなら、花咲彩葉だ。心よりも先に脳で認めながらも、真っ白な少年は目を疑う。彼女こそが偽物で、大女優の影武者だと思い込みたかった。目をギュッと閉じて、頭を抱える。


「貴様はもっと利口で、素直な者だと思っていたがな」


 はちみつのように甘い声と、氷のように冷たい口調。

 顔を上げると、無機質な瞳が真白を見下ろしていた。


「逆に尋ねる。私が花咲彩葉であって、不都合があるのか? 正体が誰であれ、今、眼前に貴様の求めし者がいる。喜んでもよいのだぞ」

「違う、違うんです」


 小首をかしげて問うた巫女へ向かって、少年は髪を振り乱しながら叫んだ。


「彼女は味方だ。僕の、味方だった」


 彼女との思い出が映画のフィルムのように、脳を巡る。

 三月二四日に不良から救ったところからはじまり、いままで何度も彩葉は少年を助けた。透明な少年を褒め、支え、彼に居場所を与えたのも彼女である。


「それこそ貴様の勘違いだ」


 鋭いセリフが胸に突き刺さる。

 真白が顔から色を失うと、巫女は淡々と話しだした。


「花咲彩葉は貴様の心を奪い、利用しただけだ。やつは女優であるぞ。あやすくウソをつける人間だ。本音をきれいごとで隠して並べ、女性らしい姿をとりつくろう。大層な女ではないか」


 まるで他人の話を語って聞かせるような態度だと、真白の目には映る。


「あきらめよ。花咲彩葉と貴様では、住む世界が違う」


 冷めた目つきで少年を見下ろす。


「貴様も内心では分かっていたであろう。大女優が有象無象に過ぎぬ存在になびくことに、違和感を覚えたはずだ」


 真白は唇を震わす。

 反論を繰り出すために開いた口は、すんでのところで固まった。


「私にとって貴様はあぜ道を転がる石ころにすぎぬ。その好意は迷惑でおあった。少しは見どころのある男だと予想はしたものの、実際はこの体たらく。しょせんは無色透明だ」


 トゲのある言葉が傷口をえぐる。


「恨むか? むしろ感謝したまえよ。自由にぬくぬくと生きていられたのは、私のおかげだ。ほら、自覚しただろう? おのれは単なる穀潰しだと」


 相手が紅色の唇をつり上げると、少年は奥歯を噛む。


「僕はいったい、なにを、どうしたら」


 震えるがままに口に出すと、巫女はシャープな声で答える。


「定めもなく、なにも考えずに息を吸うだけの貴様に、残った役割があるとでも? 透明なだけの貴様が勇者を演じること自体、茶番だったのだ」


 彼女の指摘は的を得ている。

 最後まで言い返せず、口を閉ざした。現実を受け止めると唇にゆるやかな笑みが浮かぶ。


 今日にいたるまで、真白はぼんやりと過ごす日々を送っていた。見よう見まねで正しい行為を行いはしたものの、暇を持てあます毎日が続く。大切な人の役にも立てず、終わるのだ。いままでの怠惰は全て自分に返ってくる。なにもしなかったことが自分の罪だと受け入れた。


 天井を見上げると、白かったはずの壁がすすけて見えた。


 視線を前に戻す。唇を噛み締め、顔をしかめながらも、納得した。トリガーを引いたのは花咲彩葉だと。


 真白は彼女のためにゲームに参加した。彩葉を奪い返すために、黒紅色の軍団にも挑む。全てのきっかけは虹色の女優だったのだ。


 なにより、無気力な怠け者の前に自らが理想とする女性が現れるなど、都合がよすぎる。彩葉は最初から真白をアジトへ引き込むつもりで、近づいたのだ。


「操り人形だったんですね」


 悔しさを噛み締めながらも、なにもかもが甘かったのだと認める。

 敵の罠にかかって捕まる羽目になったのは、自らの未熟さが撒いた種だ。


 なおも言葉の刃が胸を貫き、内側まで食い込む中、ヒールの音が迫る。透き通った瞳と目が合った。彼女の眼差しは威圧感がある。普段の花咲彩葉とはかけ離れていながら、ナチュラルな雰囲気も感じた。今視界に入った表情こそが、彼女の素なのだろう。妙にしっくりきて、苦笑いを浮かべた。


「僕の負けです」


 相手が言葉を発する前に、ほおをゆるめた。


「騙された僕が悪い。だから、いいんです。煮るなり焼くなり、好きにしてください」


 この期に及んで真白の心は凪いでいた。

 巫女は眉をひそめると、彼は穏やかな口調で語りかける。


「君はやっぱりすごいですね。さすがは虹色の大女優。一般人じゃ、君の素なんて、見抜けるはずがありませんでした」


 彼女の顔から次第に色が抜けていく。


「恨まぬのか?」

「むしろ、感謝しています」


 少女の問いに、少年は満ち足りた思いで答えた。


「君の言った通りです。僕は幸せな思いをしました。求めていた者と一緒に過ごし、一時的とはいえ勇者として剣を振るう――これ以上、求めるものはありません」


 迷いなく告げた。

 幼い顔で、澄んだ瞳え、相手を見上げる。

 少年の感情や表情に、人間味はなかった。

 口調は淡々としている。落ち着きすぎているせいで、ロボットのようでもあった。


 彼は悟りきったような雰囲気を放つ。よく磨いた水晶のように清らかで、神の使い――天使を連想した。


 少年の名の通りの真っ白さが、巫女の不満を煽る。眉間にシワを寄せて、硬い光を宿した目がつり上がった。眉もけわしく歪む。


「ふざけるな。貴様はどこまで腑抜けなんだ。なにを自分に酔っている。潔さこそが全てだと、勘違いでもしているのか?」


 不満が爆発して、目の前で燃え広がる。


 透明な空気のただよっていた通路が、一気にくすぶった。咆哮ほうこうのような勢いで言葉を吐き出した少女から、熱気を感じる。ピリピリとした雰囲気。聞いているほうまで肌が焼けつくようだった。


「なぜ、私に怒りを抱かぬ。なぜ、全てを受け入れる。大切だったはずの者からの裏切りを受け、なぜ冷静なのだ? 私は、絶対に貴様を認めない」


 真実が判明したにも関わらず、平然としていること。

 潔く敗北を認めたこと。

 あっさりと運命を認めたこと。

 自分へ怒りを向けなかったこと。


 その全てが受け入れられず、ショックだと言うように、巫女は叫んだ。


 真白としては返す言葉がない。

 相手の気持ちは分かる。さりとて目をそらすばかりで、フォローの言葉は頭から消えた。


 巫女は回答を求めて、詰め寄る。青白い肌には透明な雫が浮かんでおり、切羽詰まった印象を受けた。


 相手は怒りで我を忘れている。まるで、真白と二人切りであるかのような態度だ。彼にとっても後ろに控える者たちが、背景に見える。互いに周りの目を忘れていた。


「僕は君を恨めません。いいえ、君だけでなく、全ての人に対しても。理由はきっと、誰に対しても無関心だからかも、しれません」


 ややあって、口を開く。

 視線を落として、眉を垂らした。


 口を動かしてはみたものの、自分の心を読むことは難しい。胸の内側に意識を向けても、中にただよう感情は透明だ。おのれの考えすら測りかねて、自信を失う。


 ただ一つ、ハッキリと分かった。自分はたとえいかなる殺人犯や、世界を滅ぼした災厄であったとしても、許してしまうのだと。


 途端に澄んだ瞳がガラス玉のように揺れて、数度まばたく。

 紅色の唇が言葉を繰り出そうとして、途中で閉じた。

 巫女は少年の襟首をつかむ。わざわざ腰を折っておきながら、彼女はだまって手を離した。


 やがて相手は少年との距離を取る。あきらめたのか、気持ちの整理がついたのか。握りしめた拳をそっと開いた。


「好きにするがいい。やはり、貴様にはなんの価値もなかった。それだけは、ハッキリしたぞ」


 前半は激しく、後半はボソッと、少女はつぶやいた。

 気が済んだのか、きびすを返して通路から去る。ヒールの音がひっそりとした空間に響いた。


 彼女の後ろ姿は寂しげに映る。遠ざかって、小さくなっていくからだろうか。彼女のほうこそ裏切りを受けたと言いたげで、真白としては複雑な気分になる。


 ほどなくして女の影は完全に消えた。床の上で取るべきリアクションを探しながらも、最後までそれを見つけられずに終わる。


 紅色がかったブラックのドレスは視界から外れたが、残ったペパーミントの香りが、巫女の存在を示していた。

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