共闘

「殺傷能力が高そうな、戦車の小型版みたいな武器ですね」

「言ってる場合か」


 真白と涅が引きつった声を出す中、ヒールの音が猛スピードで迫る。


「反省なさい」


 低い声も同じ速度で向かってくる。


「私は最初は勇者を生かす側に立っていました。しかし、気が変わったのです。世の中の男を蹴散らさずにはいられない。なぜなら、あなた方は人間のクズなのですから」


 女がにごった瞳を二人の男に向ける。同じく大砲の口も彼らをとらえていた。

 捕まったら最期、死よりも恐ろしい試練を味わう。ただちに二人は背を向け手にあたりは、逃げ出した。


「とばっちりなんですけど。君がセクハラなんかしなかったらよかったのに。余計なマネを」

「どの道同じことになってたさ」


 真白が怪しい男と関わったことを後悔する中、当の本人はヘラヘラと口を動かす。


「テメェは役に立たねぇんだからよ。俺のほうがマシだろ。むしろ、協力してやってんだ。感謝しやがれ」

「最悪だー」


 少年の叫び声が響く。

 狭い通路を駆け抜けると、次の角を塞ぐ形で、敵が待ち構えていた。


「うわ……」

「そりゃあ大声出せば、仲間もやってくるだろう」

「君のせいじゃないですか? 大きな声で笑い飛ばすし」


 ひとまず、敵に体当たりを仕掛けるわけにはいかない。急ブレーキをかけて踏みとどまる。


 相手と向き合うと血の臭いがただよってきた。もしくは空気自体がよどんでいると表すべきだろう。人殺しばかりが集まる空間、しかも殺す派が支配するアジトだ。自分の居場所は無にひとしい。万事休すかと考えて、汗を流す。剣を握りしめる手も湿ってきた。


「僕らの目的は同じですよね?」


 オニキスのように黒い瞳を、同じ目の色をした男に向ける。

 彼は舌をチッと鳴らしたあと、ぶっきらぼうな口調で答えた。


「ああ、そうだよ。花咲彩葉を助けるために俺らは奥へ向かうんじゃねぇのか?」


 眉をひそめて涅色の瞳を、真っ白な少年に向ける。


「ならば」


 剣を構える。

 クリスタルが照明の光を反射して、キラキラと輝いた。


「戦います」


 黒紅色の集団の前で、自身に満ちた顔で言い放つ。


「たとえ他人を傷つけることになったとしても、彼女は――彼女だけは救います」


 ハッキリと唇を動かして、武器を敵へ向けた。

 途端に相手側の剣や槍もいっせいに、真白をとらえる。切っ先が鋭い光を放った。


 そして、いよいよ一人目の戦士が襲いかかる。相手は床を蹴った。宙へ行く。剣を振りかざし、上から攻める。とっさに横にした剣を前に出す。相手の攻撃がクリスタルの剣に直撃した。


 ジリジリと後ろへ下がる。攻撃の威力な大層なものと見た。明らかに力で負けている。真白は歯を食いしばって、踏ん張った。


 好戦的な敵はいったん剣を振り上げて、ふたたび攻撃を放つ。今度こそ死ぬ。目をつぶりかけたとき、後ろから銃声が響く。ひょうが降ったような強烈な音だ。鉛玉が後ろに控える黒紅色の塊を撃ち殺していく。


 最初に挑みかかってきた者はしばし目を丸くしたあと、声を荒げた。


「テメェ!」


 怒りで顔を真っ赤に染めて、目の角を尖らせる。標的は勇者から涅へと移った。


 すかさず真横へ飛ぶと、仲間は無表情で引き金を引く。銃の口が弾を放った。敵が胸に一撃を食らう。最期の一人が床に転がった。真っ白だった床に血が広がる。全滅だ。


 真白が囮を演じて敵の注意を引きつけるうちに、涅が殺し尽くす。完璧な作戦だった。


 ひと息つきたいところだが、足元は死体まみれである。ほっとした気持ちとモヤモヤとした感覚が心をうごめき、リアクションに困った。



 気持ちを切り替える。

 残りは後ろに構える女性のみだ。キリッとした顔で振り向いて、剣を構えた。


 スッと気持ちを引き締めた矢先、目の前で大砲が形を変える。ガチャンガチャンと音を立てて、より殺傷力の高いモードへ移る。ロボットの変形を思わせる光景が男心をくすぐり、はからずも興奮した。


 しかし、すぐに少年は顔から色を失う。次に女性の手の中に現れたのは、チェーンソーを連想する大きな剣だった。オモチャの剣で戦えば、一瞬で武器は砕け散ると予想がつく。

 あやうく剣を落としかけた。「ムリだ!」と心の中で叫ぶ。ロボットじみた武器にテンションを上げている場合ではなかった。


「覚悟!」


 両手で剣を振り上げた瞬間、彼女の動きが止まる。糸のからまった蝶のように、体が固まった。同時に気づく。黒紅色の衣に深紅の花が咲いていることに。


 ゆっくりと目を真後ろへ向ける。彼女の瞳に映ったのは、銃を構える涅の姿。撃ったのだ。彼こそがおのれを撃った犯人である。


「貴様ァ!」


 口から血を吐きながら、振り返る。唇を噛んだ。短な息を漏らすと、決死の覚悟を秘めた一撃を繰り出す。大剣は斜めに銃を切り裂いた。真っ二つになった武器が手のひらからこぼれ落ちる。

 役目を終えると、糸が切れたように女が倒れた。


「チッ。やられたか」


 涅はやれやれと頭をかく。


「俺には加減をすると踏んでいたがな。銃どころか本体を殺す気満々だったじゃねぇか。ギリギリで避けたからなんとかなったけどよ」


 彼は苦々しい顔つきで、銃を蹴り飛ばす。オモチャ以下の存在となった武器は、突き当たりまで飛んだ。ガタンと音を立てて床に落ちる。


「どうするんですか? 銃がないんじゃ」


 冷静さを装った声で問いかける。涅へ向けた顔に、汗がだらりとしたたった。


「どうもこうもねぇよ。俺は知らねぇ」

「そんな無責任な」


 真白は目を見張る。

 涅が勝手に前に進み、彼の姿を目で追って、少年も体の向きを変えた。

 唇を閉じて、自らも前へ足を運ぶ。


 さらに一歩を踏み出そうとした矢先、前から足音が向かってきた。ゲッと、感情が顔に出る。さらに後ろからも規則正しい音が追ってきた。増援である。気が引き締まって、心を灰色の影がひたす中、真白は一種の賭けに出た。


 まず、敵は過激派と穏健派に分かれている。後者の勇者を生かすチームが追ってきた者たちであれば、助かるはずだ。


 拳を握りしめて、眉をつり上げる。


「僕を生かす気はありますか? もし味方をするのなら、道を開けてください」


 意を決して問いかける。

 堅い声が通路の奥まで響いた。

 緊張しながら、答えを待つ。さあ、結果はいかに。


「殺す」


 一言、返ってきた。


 ガチャガチャと音を立てて、みなが武器を構える。それが答えだとばかりに、金属がギラギラとした輝きを放った。


 よろめきかけて、踏ん張る。やはりかと現実を受け入れた。


 第一、ただで生還できると思うほうがおかしい。そもそも勇者は敵地に攻め入った身だ。相手からすれば侵入者は確実に殺す。自身も同じ目に遭うと考えると、体がこわばりほおを汗が伝った。


 いかにして状況を打ち破るべきだろう。チラリと涅を横目に見る。彼も今は素手だ。先ほどよりも状況は不利であり、絶望感が高まる。


 思考を練っている間に敵は上と下から挟みにきた。無言の圧力に怖気づく。彼らの足音がプレッシャーとともに、身にのしかかった。


 震えながらも、心の底ではあきらめ切れずにいる。全ては花咲彩葉のためだ。彼女を救うために死への恐怖に打ち勝ちたい。乱れた心を抑えつけて、少年は武器を構える。


 彩葉の元へたどり着くために取るべき行動とはなにか。敵と向き合いながら、生き残るビジョンを探す。眉間にシワを寄せつつ、アジトを出たあとの未来を想像した。だが、甘い妄想をしても効果は薄い。首を横に振ったとき、となりの仲間が厳しい声を放つ。


「おい、余計は言葉は吐くんじゃねぇぞ、テメェら。俺のことは一切合切、気にするな」


 彼の目にはほの暗い光が見える。

 態度や口調こそ軽やかでとぼけているようにも感じるが、かすかに殺気が見え隠れしていた。


「俺だってテメェらと敵対したいわけじゃねぇんだぜ。俺の目的はあの女・・・の元へこいつを送り届けることだしよ」


 彼が低い声を出すと、一部の敵の動きが強ばる。


「邪魔をしようってんなら、テメェらは皆殺しだぜ」


 素手であろうと命を奪う術を持っていると言いたげな口調だ。真白が心の中でつぶやいた言葉を認めるように、涅の瞳が土色の光を放つ。


 瞬間、黒紅色の男たちが武器を構えたまま、後ずさった。彼らはひるんでいる。それは絶対に敵わない相手と出会って、逃げ出そうとする者の動きだ。


 真白も目を見開く。となりから言い知れぬものを感じた。例えるのなら魔物か悪魔か――とにかく、ただならぬ空気。汗が肌をすべり、心臓が激しく動いて、全身に血がめぐる。


「ならば、粛清するまで」


 重たい沈黙の後、先頭に立つ男が口を開く。


「全ては魔王のため。我々の目的をさまたげる者は容赦すまい。引くわけにはいかんのだ」


 高らかに言い放ち、武器を掲げる。

 ほかのメンバーも互いの顔を見てうなずき合い、「おおおお」と雄叫びを上げた。


 武器を掲げる動きが全体に広がる。さらながら聖火を持つランナーのようだ。

 そして彼らは剣を振り上げる。


 一方で真白はポカンと口を開けた。

 敵の一枚岩っぷりに戦意を失う。彼らにとって魔王とは最も大切な存在だ。自分にとっての花咲彩葉にひとしい。そのような存在を傷つけても、いいのだろうか。


「武器を下ろせ」


 刹那せつな、凛とした女の声が通路に響き渡る。

 少年がビクンと体を震わすと、敵は本物の岩のように固まった。


 誰だろうか。心に波が立つ。


 突然の展開に身も心も置いてけぼりを食らう。頭が空白に染まって、目をパチクリとした。

 視界がグルグルと回る中、からみあった頭の中で、新たに現れた人物が味方である可能性を思い浮かべた。


 武器を下ろせと告げたからには、少なくとも勇者を生かす側に立つ者だろう。甘い考えだと分かっていながら、期待した。皮膚が熱を帯びて、薄暗かった心に光が差す。


 相手は味方だと確信した。うんうんとうなずきかけて、途中でやめる。

 女は黒紅色の集団に指示を出して、彼らは彼女に従った。つまり、武器を掲げていた者たちの上司が通路に現れたとも、考えられる。


――『武器を下ろせ』


 丘で聞いた声がふたたび脳に蘇る。

 不意に頭に稲妻が閃いた。

 まさか……と、一つの考えに思い至る。


 少年が顔に汗が浮かべたとき、通路にヒールの音が響いた。相手は一定の感覚で床を進む。速まる鼓動と相手の歩く速度が、リンクした。


 動揺が心から全身へ広がる中、目の前で敵が道を開ける。海を割るような感覚で、黒紅色の壁が崩れた。


「意外じゃねぇの。もう姿を見せるのか? もっと溜めてもよかっただろ」


 となりで涅が悪人のようにクククと笑う。


「いやぁ、俺も驚いたぞ。まさかテメェが敵だったとはな」


 彼は向かってくる相手へ、視線を向ける。


「たぶらかした感想はどうだ、緋色の巫女よ」


 声のあと黒紅色の波の間をぬって、女が表に現れる。彼女の容姿が視界に飛び込む。


 先ほど――神社で見かけたときは巫女装束だった格好が、ロング丈のドレスに変わっていた。色は赤色がかったブラックで、足には大胆なスリットが入っている。肩と腕の部分はレースだ。結果的に露出度は低くなったが、にじみ出る色気を隠せない。そればかりか、タイトなラインが肉感的なラインを強調して、よりセクシーに感じた。


 メイクもナチュラルであるにも関わらず、華がある。もとより鼻筋が通って、一つ一つのパーツがくっきりとした顔だ。キリリとした目は消炭色で、冷たさの中にかすかな熱が垣間見える。彼女の眼差しは力強く、艶のある黒髪を背中に流しながら歩いてくる姿は、威圧感があった。


 巫女が数メートルの距離まで詰めて、足を止める。

 たまらず目を見開いた。彼女の登場は真白にとっては予想外であり、背筋が凍りつく。金縛りを受けたように体が固まった。


「なぜ、君が、ここに?」


 重苦しい空気の中、震える声で問うて、ツバを飲む。

 体を寒気が走り、瞳が揺れた。

 真白が目を伏せたとき、巫女は低い声で答える。


「理由だと? 貴様の敵ゆえに決まっている。黒紅色の衣をまとった私は、魔王軍のメンバーだ」


 現実が胸に突き刺さる。がくぜんと肩を落とすと、巫女は落ち着いた声で彼に迫った。


「貴様を檻へ連れていく。我々のアジトに忍び込んだ罪だ」


 顔を上げると同時に、ひざをつく。

 身長の差が逆転した。

 消炭色の瞳は冷ややかに、少年を見下ろす。

 真白は重たい息を吐いた。

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