襲撃 後編
「罠だ」
とっさに叫ぶ。
「例のメールは偽物です」
「なんだよ? いったい、どうしたってんだ?」
周りがいっせいに真白へ視線を向ける。
少年は引き締まった顔になって、口を開いた。
「彼女はメールを出さなかった。夕日が沈むころにはすでに、死んでいたからです」
「なんだと?」
戸惑いの声が上がる。公民館がざわつきだした。
「敵は僕らを一ヶ所に集めて、殺し尽くす気ですよ」
あらためて口に出すと、危うい状況だと実感が湧く。眠気が覚めた。募った危機感が耳の奥でブザーを鳴らす。
一気に駐車場がさわがしくなった。皆は顔を見合わせて話し合い、彼らの声は雑音として
そのおり、金属の匂いを鼻に感じた。かすかに足音が聞こえる。空気の流れが変わった。
気がついた瞬間、目の前で赤い液体がしぶきを上げる。手前で固まっていた者が倒れると、銀色の刃が視界に入った。闇の中で黒い影がうごめく。野菜をみじん切りしたような音と、水っぽい音が耳に入った。
残酷な音の奔流が体を包む。頭が真っ白になって、立ちすくんだ。
「助けて」
助けを求める声を耳で拾って、顔を上げる。
駄菓子屋の店主が腰を抜かして、座り込んでいた。彼女の怯えた目と目が合う。彼女に向いた刃がとがった光を放った。今まさに刃の持ち主が女性を手にかけようとしている。彼はメタリックな目で相手を見下ろすと、剣を振り下ろしにかかった。
真白はアスファルトを蹴る。対処ができるのは自分だけだ。黒い瞳に重々しい光を宿す。クリスタルの刃が月光を受けて、雪のように輝いた。
彼は二人の間に割って入ると、女性を守るために剣を振り下ろす。相手は体をかたむけて、ひらりとかわした。余裕のある動き。少年は無の空間に突っ込んだ。ただちに重心を前にかけて、こらえる。体勢を整えて、振り向いた。
直後に敵が足を上げる。ブーツの裏が少年の体をとらえた。バシッと、打撃音。攻撃を食らう。ゴルフの球のように吹き飛ぶ。地面に沈んだ。
ダメージは大きい。地面の上で丸まって、ゲホゲホと咳き込む。体中を駆け巡る痛みに顔をしかめた。ガチガチに固まってうめいているところに、金属のシャープな音が耳に入る。
「待って待って待って、私は、あたし、イ、あ……ダメ、イヤよ。そんな。お願い――! い、イヤ、イヤ、イヤアアア!」
叫び声が途絶える。ぐちゃぐちゃとした音が、あたりに散らばった。
一部始終を目撃した少年の心に、夜空と同じ色をした影が差し込む。胸に空いたすき間から大切なものがこぼれ落ちた。
しばしぼうぜんとする。現実を受け入れられない。まるで荒野に取り残されたような気分だ。うつろな顔で目を見張る。黒い瞳が揺れた。
地面に落ちた剣へ手を伸ばしながらも、戦意は遠くへかすむ。柄を握る手が震えた。張りつめていたものが切れて、目を閉じる。
もうおしまいだ。闇が心を黒く染めようとしたとき、高い声が耳に届く。
「まだ終わりじゃない」
強い意志のこもった言葉だった。
頭上では夜空に散らばった星々の輝きが、闇を照らす。
目を見開くと小学生の子どもが、かがみ込んだ。
「寝てる場合じゃないんだよ。逃げるんだ。さっさと立ち上がれや」
目が合う。相手の瞳は硬い光を宿していた。
彼が近くに寄ってきたからか、クローバーの匂いがただよう。励ましの言葉はしかと耳に届いた。バレットの存在は少年にとっての希望でもある。真白は一度目を伏せてから、うなずいた。顔を上げて心にふたたび炎を燃やす。皮膚にふたたび、熱が巡った。
いよいよ立ち上がる。体を起こして、目を合わせた。
そのとき、バレットの瞳が光る。彼が腕を引っ張った。後ろへよろける。踏ん張った。ちょうど顔の前を銀の刃がかすめる。危ないところだった。
「逃げるぜ」
「うん」
真白とバレットは走り出す。
振り向くと自分が見捨てた命が散らばっていた。数多の屍が遠ざかっていく。ぼわっと炎が上がった。黒紅色の集団が死体に次々と、火をつける。火の粉を浴びながら黒紅色の男たちが、無機質な目を真白たちへ向けた。あわてて目をそらす。
背中を向けると肉の焦げる臭いが、追ってきた。死体の目が自分をにらんでいるような気がして、胸が痛む。心に砂の味が広がった。言い訳のセリフがのどまで上がる。唇を動かそうとして、途中でやめた。剣を握りしめながら、目を伏せる。漆黒の闇が視界をおおった。
すりむいたひざに汗がしみて、ズキズキと痛む。少年は生き残りたい一心で足を動かした。無理にでも前へ進む。バレットと一緒に走り続けた。
しかし、彼らの逃走劇は一分で幕を閉じる。
坂を上りきったあと、平らな地面でピタッと足を止めた。闇の向こうからどす黒い気配を感じる。狙いは二人の少年だ。気が引き締まる。
「こっちだ」
バレットが腕を引く。
左側へ続く道へ進もうとした矢先、目の前に銀色の刃が飛び込んだ。息を呑んで、身をすくめる。地面が足に張りついた。死をありありと感じ取って、目を見張る。狙いはどっちだ。答えを出す前にバレットが飛び出す。彼はすばやく両手を広げた。
刹那、刃が肉をえぐる。線香花火のように血が飛び散って、地面を濡らす。同時にバレットの身に宿った炎が消えた。彼はバサッと崩れ落ちる。地面の上で動かなくなった。
じんわりとアスファルトに赤い色が広がる。小学生の体も同じ色に染まった。
一方で少年は歩道の灰色のエリアで、力を抜いて立ち尽くす。剣を構えた腕がだらりと下がった。いったい、なにが起きたのか――分からないなりに、切羽詰まった感覚を嗅ぎ取る。冷たい汗に濡れた体が、ガタガタと震えだした。
森羅万象が死に絶えたような静けさの中、敵が迫る。後ろへ下がると刃に似た視線が、背中に刺さった。敵の気配が強まる。歯がガチガチと鳴った。
上から青白い光が差し込む。赤く濡れた死体を目にとらえた。鉄の臭いが鼻をつく。冷え冷えとした風が肌を
シビアな現実が体を貫く。ブルブルと唇を震わす。気がつくと獣のような叫び声を上げていた。彼の声は血に濡れた町に響き渡る。それを聞き取る者はおらず、後には彼の呼吸音だけが残るのみ。
激しい感情の嵐が心を飲み込んだ。脳がパニックを起こす。頭を抱え、目を泳がした。やがて少年は汚いホームで走り出す。つまづきそうになりながら、空気の中を泳いだ。
無我夢中で駆ける。無意識のうちに体が動く。命からがら町を駆けて、森に逃げ込む。
バレットが死ぬ瞬間を見てから、安全な場所までたどり着くまでの記憶は、空白に消えた。息は切れて一生分の体力を使い切ったような感覚になる。速まる心拍数は死へのカウントダウンに似ていて、胸が騒いだ。
そわそわと周りを見渡す。敵の気配はない。安心したいが鼓動は速まる。心に生じた波は高まるばかりだ。
月の光が森を照らす。三日月を眺めながら、眉をつり上げた。自分のせいで住民が犠牲になったのなら、かわりに生き延びる。彼らの死は無駄にはしない。死んでたまるか。自分自身に言い聞かせる。
いつの間にか疲れは彼方へと吹き飛んでいた。
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