詐欺師
「仲間を集めましょう」
東の地域を目指す途中の歩道で、彩葉が人差し指を立てる。
「RPGといえばパーティを組んで、敵と戦うゲームでしょう?」
「そうですけど。まあ、いいですね」
二人でこなす仕事にも限りがあるため、あと一人は仲間がほしい。
しかし、真白が一五年の人生で作った友達の数は、〇人である。ぼっちスキルの高い自分が仲間を得たところで、仲良くできるのだろうか。不安の影が顔に差して、表情が曇る。
一方で花咲彩葉はコミュニケーション能力が高い。真白が苦手な友達作りも、彼女ならあっさりとやってのける。困ったときは虹色の女優に任せばいい。気楽になった少年は雪の溶けた道で、軽やかなステップを踏んだ。
八時四〇分。
民家の建ち並ぶ通りに着いても、寂れた雰囲気は変わらない。枯れ葉が宙を舞い、くすぶった匂いを全体から感じる。
人口が少ないせいだろうか。再演の参加者はおろか、通行人すら探しづらい。仲間はいまだに〇人だ。
「私は聞き込みにいくわ。あなたは休憩して」
いったん彩葉と手を振って別れる。民家の石垣にもたれかかる形で、真白は立ち尽くした。
彼が動いても結果は見えている。
いちおうは商店街に足をすべらせるものの、建物の前で立ち往生した。コミュニティ能力の欠けた人間では、役に立たない。潔く自分の情けなさを認める。彼は勝負を挑む前にあきらめていた。
いったんクリスタルの剣を地面に置いて、怠ける体勢に入る。
疲れが出て眠くなったところで、不意にガラスの割れる音を聞く。酒場で乱闘が起きて血が飛び散る光景をイメージした。急に目が覚めて音のしたほうを向く。
「死ね。くだばれ。地獄に落ちちまえ」
アクセサリーショップの前で鬼のような形相をした女性が、憤怒を地面にぶつけている。蘇芳色の破片が足元に飛び散った。
彼女の放つ殺気にひるむ。半径一キロメートル以内に入っては、危ない。体を硬くして立ち去ろうとした。後ろ足を下げた瞬間、とがった目が真白をとらえる。
「私を
早口で言葉を繰り出すや否や、女性はすさまじい勢いで殴り掛かる。
「待ってください。僕はなにも――」
とっさにクリスタルの剣を拾い直す。戦う姿勢に入ったところで、傷だらけの拳が視界に飛び込んだ。自分の手には負えない。血の気が引いて、反射的に目をつぶる。
ところが一〇秒がたっても少年は無事だった。防風を肌で感じただけで、打撃は届かない。なぜだろう。
目を開いた。女性が固まっている。赤く傷ついた拳は真白に当たる寸前で止まった。まるで時を止めたように。正確には物理的に止めた者がいる。彩葉だ。まばたきをしながら、少女の姿をとらえる。彼女が女性の腕をつかんでパンチの勢いを殺した結果、真白は殴り飛ばされずに済んだのだ。
「なんであんたがこんなところに」
女性はようやく口を開いて、声を荒げた。
「事情を話して。あなたの怒りと彼は無関係でしょう?」
開口一番、穏やかな口調で相手をなだめる。彩葉の言葉を聞いて女性は拳をおろした。
柔らかな風が吹き抜けたあと、相手はしゅんと肩を落す。
「ごめん」
女性は彩葉の期待に答えるように、唇を動かした。
「一月に、宝石を買ったのよ。自分を飾るためにさ。相手のオススメに乗って、大金を払った。意気揚々と身につけたんだよ。だけど、今、アクセサリーショップの店員に見せつけたらさ、『偽物ですよ』ってあっさり言い放ったんだよ。相手は平然としていたけど、こっちはショックだった」
時間軸を現在を戻して、彼女は語る。
「好き勝手に真実を突きつけやがって。知るか、そんなもの。たとえ偽物でもきれいならよかったんだからね。言われなきゃ傷つかなかったのに」
不満に声を荒げる。眉はつり上がって、眉間に深いシワを刻んだ。彼女は怒りに肩を震わせて、血走った目を真白や彩葉に向ける。
「復讐してやる。クルールの全てを更地に変えるんだよ」
「店員は巻き込まないで」
彩葉がとなりに寄って、やんわりと止める。
たちまち女性の顔が真っ赤に染まった。
「あんたに私の気持ちのなにが分かるってんのよ? いいわよね、花咲彩葉は日の当たる道を進んでてさ。金持ちで、ジュエリーで着飾ったら、無敵よ」
「買ってあげるからおとなしくして」
彩葉が冷静に伝える。
「庶民には絶対に届かない位置にいるんだからさ――って、なに?」
ドスの利いた声を出し、犬歯をむき出しに、敵意のこもった目を向けた女性は、話の途中で急に熱を冷ました。みるみるうちに顔から色が消えて、声のトーンが下がる。
「プレゼントを渡すと言ったの。好きなものを選んでいいわ」
あっさりと言ってのけた大女優に、そばに控える真白も目を丸くする。
「は? なんであんたがそんな」
混乱を表に出す女性を無視して、彩葉は彼女の腕をつかむ。相手の抵抗むなしく、虹色の女優は詐欺の被害者を引っ張って、店の中に入った。
自動ドアの向こうへ消えた二人を見届けて、真白はあくびを漏らす。動くのが面倒だったため、商店街の通りに留まった。
一時間がたって、二人は戻る。女性は胸の上でダイヤモンドの輝きを見せつけて、口角をつり上げていた。
「さすがは本物よね。なんせ一億よ。イミテーションとは大違いだって分かるんだからね」
狭い道まで足を進めながら、資金の提供者を褒めちぎる。
「一億?」
黒い目を見開く。
一億といえばサラリーマンの年収だ。宝くじの一等を当てた場合に受け取る金額でもある。金銭の感覚がバグを起こして、頭がおかしくなりそうだ。急に自分の渡したシルバーのアクセサリーに恥じらいを覚えて、肩を縮めた。クリスタルの剣との差も気になる。額でいうと水晶の一万倍だろうか。
ひとしきにネックレスを見せつけたあと、女性は真面目な顔つきで口を開いた。
「名は
「うん」とうなずくと、彼女は顔の緊張を解く。
「分かったらいいんだからね」
女性は商店街の出口へ足を向ける。
「さあ、勇者よりも先に魔王を倒してやるんだからね」
彼女は張り切って、通りの向こうへ姿を消す。
一方で真白は詐欺師の正体に心当たりがあった。彼はチャットルームで詐欺師と話をした覚えがある。もちろんハンドルネームのみで相手の職業を決めつけるのは気が早い。濡れ衣を着せた気がするが、怪しいものは怪しいのだ。
「持っててください」
「ええ、うん」
いったん、クリスタルの剣を彩葉に預けた。ポケットからスマートフォンを取り出して、チャットルームに繋ぐ。
「まさかな」
ずらっと並ぶルームに上から目を通して、詐欺師のがチャットをしているか確かめる。下までスクロールして「いない」とあきらめかけたとき、彼の名を見つけた。急いで部屋をタップする。
【六花】【こんです】
まずはあいさつをかます。
【六花】【詐欺師さん、ハンドルネームは本職ですか?】
単刀直入に尋ねる。
肌がヒリつくような緊張感を抱きながら、結果を待った。
【詐欺師】【はい。私は贋作を売って、他人を騙して、生活をしています】
本当は違うと心の底では期待していた。にも関わらず、相手はあっさりとうなずいてしまう。真白はのけぞった。ガーンと脳内で鐘が鳴り響く。
【六花】【名前は涅影丸じゃありませんか?】
【詐欺師】【そうですよ】
一分をかけて打った文章に、一秒で答えを返す詐欺師。
【六花】【うわああああ】
チャットのルームに絶叫が響く。
【六花】【まさか犯罪者とチャットをしていたなんて、思いませんでした】
なおリアルでは真顔である。電脳世界でのテンションとギャップがあるが、ショックを受けたのは本当だ。まさに致死量の電流を浴びたような気分で、体にしびれる。鼓動はいまだに早く、轟いていた。
【詐欺師】【安心しろ。無一文の輩には手を出さねぇよ】
ハンドルネーム六花が狂乱の舞いを踊る中、詐欺師は冷めた文章をルームに送った。
相手のリアクションを見て、真白も頭も冷やす。
【六花】【素の口調、そんな風なんですね。以前の紳士的な態度はどこへやら】
数秒の間を空けて言葉を打ち込む。
リアルで苦笑いを浮かべた。
【雲雀】【アカウント名で最初から警戒しとけって話だろ。くだらんな】
トークが終わったタイミングを見計らって、雲雀がチャットに加わる。最初に関わったときと同じ口調だったため、安心感があった。
【雲雀】【ったく、例のイベントに参加する輩がここまで多いとはな。どいつもこいつもなにを考えてやがる。言っておくが俺は参加せんぞ。俺は俺以外を演じる気はないんでな】
文章から彼の苦々しい顔が想像できる。雲雀はブレていないようで、ホッとした。
リアルの体がやわらかな日差しを浴びる中、チャットを通して涅が語りかける。
【詐欺師】【私はどこへ向かえばいいのでしょうか? 聞きましたよ。花咲彩葉が仲間を探していると。ちょうどよろしい。私が二人目の協力者です】
普段の口調に戻ると胡散臭さが濃くて、顔をしかめた。
【六花】【本当です?】
相手に対する印象はさておき、気持ちは明るくなった。
【詐欺師】【早くしてください】
【六花】【雪野の
相手が急かしたため、あわててキーボードを打つ。
【詐欺師】は黙ってチャットルームから出た。
一瞬、仲間が増えると分かって安堵したものの、すぐに不安の影が心をよぎる。相手の正体は詐欺師だ。もしものことを考えると顔が引きつる。本当に仲間にしてよかったのだろうか。
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