感想

 勇者が農村で一人で暮らすようになったところで、『勇者と魔王の物語』は幕を閉じた。明かりのついた客席にはしばしの余韻が満ちる。


 本音を言うとよくある話だと思った。


 異世界の民が勇者を召喚して、人の形をした戦闘兵器が、魔法陣の上に現れる。彼の役割は「世界を救う」ことだ。住民からの頼みを聞いて勇者は冒険の旅に出る――RPGなら定番もとい、王道ともいう。


 真白は手垢のついた題材も好んだ。平凡な作品だろうと最後まで楽しむ。むしろ今回は身近にあるジャンルだったため、引き込まれた。


 客が動きだしてドタドタと、足音が響く。慌ただしい雰囲気にまぎれるような形で、となりの客がトゲのある声を出した。


「駄作だ。ガキや頭の軽いやつらが見るべき話だ」


 不機嫌そうに語る。自分は子どもや間抜けとは違うと、言いたいのだろうか。


 となりを向く。反論しようとして、ぎょっとする。となりにいた客がゴージャスな容姿だったからだ。銀色の髪と灰色の瞳。白い着物に常磐ときわ色の羽織を合わせている。現代では浮く格好ながら妙に似合うため、全体の印象はナチュラルだった。


 度肝を抜く。いつの間にとなりにいたのだろうか。

 まぶたを閉じてからもう一度開く。気を取り直して低いトーンで語りかけた。


「バッドエンドだったから、気に食わなかったんですか?」


 彼が『バッドエンド』という単語をチョイスしたのは、好みが分かれるエンディングだからだ。本人も勇者と魔王が歩み寄る結末を望んでいる。もっと希望の残るラストでもよかったと、感じたところだ。


 他人の視点を借りると新たな発見が生まれる。ぜひとも、相手が不満を抱いた原因を知りたい。真白は清らかな目で銀色の男を見つめる。


「ケンカを売りたいなら、ハッキリ言えや」


 銀髪の男が眉をひそめる。


 あらためて見ると相手は強面だった。目つきは鋭く灰色の瞳からは、硬質の光を放つ。話しかけなければよかったと、思った。もっとも今さら後悔したところで遅い。顔に汗をかきながら、真白は心を落ち着かせる。


「まあ言いだろう。答えてやる。俺はエンドの種類にこだわっちゃいない。今回は物語の流れに沿うなら、最良の結末だった」

「人間と魔王が和解をして終わりでは、ダメだったんですか?」

「当たり前だ。勇者と魔王では立場が違う。勇者には勇者の魔王には魔王の誇りがあった。互いに守るべきものがあったから、大切なものを殺してでも、決着をつける必要があったんだよ」


 彼はリアリストのような言葉を吐く。

 真白は首を横に振った。

 もしも片方が妥協をしていたら――と、思いを巡らす。しかし、たとえ和解の道を選んだとしても、必ず何者かが割り込む可能性が高い。そう心の中では分かっているし、真白は現実を呑み込んだ。


「事実だと認めよう、結末が気に食わんと思ったのはな。だが、勇者が魔王を殺したこと自体は、どうでもいい」


 肘掛けに腕を置いて、手のひらを開く。

 感想を漏らす男の態度が、玉座に腰掛ける王のように見えた。


「勇者とやらは状況に流されては、妥協を繰り返す。ウジウジと悩んでばかりだったな。その癖、最後には潔く運命を受け入れるとは、おろか者め」


 男は勇者を鼻で笑う。

 真白は彼の話に無表情のまま、耳を傾けた。

 彼が落ち着いた口調で意見を繰り出すまで、三秒の間が空く。


「勇者の選択は正しかったです。彼は魔王を倒して世界を救いました。普通の人では怖気づいて逃げ出すでしょう。少なくとも僕だったら途中で」


 主人公も内心は心細かったのだろう。ハードの旅の中でただ一人の癒やしが白百合の少女だ。そんな彼女が真の敵だったとは、不幸にもほどがある。


 勇者は絶望を抱きながらも、責務をまっとうした。もろいようで、強い人間。今回の結末に至っただけで、平凡な少年との格の違いがハッキリする。心が勝手に沈んだ。


 一方で最後のフレーズを聞いた男は、眉をピクリと動かす。


「嫉妬してるんですか? 勇者に」


 まじめな顔で問いかける。

 相手はだんまりを決め込んだ。


「勇者とは特別で羨ましくなりますよね。スペックも文句なしとくれば、嫉妬心も抱きますか」


 もっとも勇者の称号は青年から日常を奪う。異世界にトリップした後はハードな道を歩み、その結末が大切な人との一騎打ちとは、ひどい話だ。劇の最中に何度も顔をしかめたことを、覚えている。


 すると、銀髪の男はクククと笑い出す。


「お前よ、あいつに感情移入してんのか?」


 血の気にあふれた光が、灰色の瞳に浮かぶ。


「なっ――」


 顔色を変えて言葉を呑む。


 図星だ。


 真白は勇者に共感して自己投影をしている。同時に原因も心の中にハッキリと浮かんだ。


 真っ白な少年はある日突然、見知らぬ土地に転移した。

 勇者は城の魔法陣より降臨し、魔王を倒すために一人で旅立つ。


 スペックに差はあれど、根っこは似ている。同じ勇者として召喚を受けた身であったがゆえに、真白は主人公に感情移入をした。


 自覚すると恥ずかしくなる。熱い感情が全身を回って、顔が赤くなった。


「でも、違う。僕は彼とは違います。あんな、かっこよくはありません。なにより、僕はまともな勇者にはなれないと、分かった、上で」


 言葉が途切れる。黒い髪と肌のすき間から、汗がこぼれた。

 真白が縮こまっていると、銀髪の男は上を見ながらつぶやく。


「胸糞悪い話だったな。神の手のひらの上で転がるだけ。役の器に人の魂を押し込んで、勇者と魔王が演じる劇を、神は上から眺める。趣味が悪いな」


 彼が唇を噛む。

 男の発した言葉を拾って、作中で神が口にしたセリフが、脳裏をひらめいた。


『魔王は必ず倒せねばならん敵だ。自らの役目に背き、ハッピーエンドを目指すとは。そのような願い、叶えてたまるものか』


『運命は最初から決まっている。これは設定されたルールの中で行うゲームだ。魔王は必ず、勇者が倒す。そのシナリオを崩す者を野放しにはしない。我に逆らうことなど。たとえ勇者であろうと許されん』


 勇者と魔王が幸せな道へ向かったところで、神は彼らの夢を壊す。天に立つ者が二人の運命を引き裂いた。『勇者』と『魔王』の役職も、二人の心を縛る。詰んでいたのだ、最初から。


 つくづく神が恨めしいと観客ならば、思うだろう。


 理不尽だ。常に安全な場所から人々のつむぐストーリーを眺め、気に食わなければ他人の幸せすらも、ねじ曲げるなんて。


 なぜ、たった一人のワガママのために二人が不幸になったのか、考えずにはいられない。


「原案に改稿を重ねて原型が止めないくらいまで、変えたつもりだろうがな。根底を流れるもんは同じなんだよ。神からの支配が抜けない限り、まともな結末にはならんぞ。ったく、気に入らんな」


 渋い顔をする男に対して、真白はポカンと口を開ける。


「どういうことですか? なにを知ってるんですか?」


 あわてて問いを繰り出すと、男は口をつぐむ。


――だいたいよと前置きをして、彼は伸びをした。


「魔王はなぜ勇者は恨まん。自分の敵であり殺した相手だぞ」


 真白は口を閉じる。

 顔を上げてからハッキリとした声で、言葉をつむいだ。


「答えは作中に出ています。二人は相思相愛だった。以上です」

「クッ、ハハハハ」


 途端に男は声を上げて、笑い出す。


「お前よ、なぜそうも夢を見るんだ?」


 トゲトゲしい目で、彼は問う。


「なぜ、言い切る? やつらが愛し合っていたと、本当に言えるのか?」

「そうでなければ救われません」


 真白はうなずく。

 淡く暖かな想いを、胸に抱いた。


「そいつはお前の希望だろ?」


 低く鋭い声が心のすき間に入り込む。

 頭の中で鐘が鳴った。急にあたりが暗くなって体が影に沈んだような、気分になる。

 真白が固まると男は視線をステージへ戻して、口を開いた。


「魔王の白さが気に入らんな。魔王なら黒く、純粋な悪でいるべきだろ。パーフェクトperfektionとは言いがたい」


 クールに繰り出した意見を聞いて、真白は黙り込む。心の中で彼を肯定しながらも、その感情を口に出さなかった。


 久遠くおん小夜子さよこ


 夜――やはり、暗い色を連想する。白とは正反対のイメージが湧く。


 魔王といえば黒いイメージがある。今回の劇に登場したヒロインは真っ白だ。魔王にしてはしおらしくて、ピュアな少女。ゆえにこそ情も移るが、意図したものだろうか。


 真白が悶々としていると、銀髪の男は席を立つ。


「お前もさっさと消えろ」


 鋭い目つきで少年を見下ろす。彼の灰色に染まった瞳の中に、淡い青色の光をかいま見た。


 相手は客席を通ってホールを出る。彼の後ろ姿を見送って、真白はうつむいた。

 結局、相手は好き放題に自分の意見を話した。彼は真白を言葉で振り回す。ついていくので精一杯だった。

 がっかりしたという感覚が、心にしみを作る。


 気がつくと劇場に残っているのは、真白一人だ。気持ちを切り替えて立ち上がる。真紅の客席を駆ける途中に、ヒロインの姿が頭をよぎった。


 スポットライトに照らされた明るいステージの上で、彼女は清楚なヒロインを演じる。


 純白の着物は彼女に似合い、シンプルなデザインが彼女の素の美しさを、引き立てていた。


 生地に高級感があるおかげか、華やかでもある。舞台に咲く一輪の白い花は、立っているだけで存在感を放った。彼女の手にかかれば無名の女優はおろか、黄金の勇者すらかすむ。気がつけば彼女以外の印象が消えて、ほかの役者の演技は頭から抜けた。


 白い薔薇が舞うと一瞬で周りの視線を引き寄せて、彼女の世界に引き込む。動きの一つひとつにキレがあった。すらりとした頭身も劇に映えて、実際の身長よりも大きく見える。ステージのセットとも調和しており、まるで一つの絵のようで、彼女の魅力を引き出していた。


 彼女の情感のこもった演技にはほれぼれする。自然な所作、細やかな表現――なにをとっても一流だ。盲目的にレビューに星五とつけそうになる。贔屓目を抜きにしても役者としての完成度は、高かった。


 花咲彩葉は記事通り、変幻自在だ。雰囲気こそ普段と似てはいたものの、一度幕が上がれば物語の登場人物にしか見えない。むしろ、彼女が創作の世界から抜け出してきたように映る。まさしくニ.五次元の美少女だ。


 思い出すとまた胸が高鳴って、一目惚れをしたような気分になる。

 彼女に一生ついていくと、心の中で誓った。

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