予言
同じ日の朝の出来事だった。
コーヒーの香りがただよう喫茶店のテレビに、一人の巫女が映る。
暖房のきいた店内で、神妙な面持ちをした客が、一斉に画面を見た。
「よからぬことが起きようとしています。人々がいっせいに血を流し、死に絶えていく情景を見ました。これは神の怒りです。おそらく、最近頻発する天変地異とも関係があるでしょう」
女が予言を口にする。
エキゾチックな色の肌をして、堀の深い顔立ちの美形だ。肩にかかった黒髪はツヤがあり、清楚な雰囲気をかもし出す。無機質な消炭色の瞳も、個性の一つだった。
「怒りが大地をおおい、世界を呑み込む。復讐心は黒い炎と化して、人々の命を奪う。そして全てが滅び、はじまるでしょう」
客の一人が大きな音を立てて、カップを置く。
テレビの内容は別の番組に変わった。何者かがチャンネルを変えたのだろう。
「どう思うよ?」
キラキラと輝く目を持つ男が、友人に声をかける。相手は前の席に座っていた。
「インチキに決まってるぜ」
友人はキッパリと断じた。
「超能力者? 霊能力者? 都市伝説だぜ」
「俺は信じるよ。たとえ魔法はありえないって断言できても、超能力だけは違うんだ」
「魔法も超能力も似たようなもんだぜ」
湯気の立つコーヒーに口をつけながら、友人が問いかけた。
「違うよ。魔法はあくまで幻想だ。対して超能力はもともと備わってた能力が、
「それはお前の持論だろうが」
彼は顔をしかめる。
「ネットでも議論が起きてるらしいね」
スマートフォンを片手に、最初に話を振った男が口を動かす。
皿は空っぽだ。退屈をもてあましているのだろう。
「的中率が低いから当てにならんぜ。口だけならどうとでも言える」
「今回は違う。巫女さんだから神とつながりやすいんだよ」
「ふん。終末理論ならいままでさんざん言われてきたぜ。で、実際に世界が滅びた試しがあるか?」
今回もクルールは無傷で済むと、男は予想する。
「俺には宣戦布告のようにも聞こえたけどな。神が自ら滅ぼしにくるとかって風に」
「おいおいダメだぜ。そんなこと言ったら」
「予想くらいいいじゃないか」
「やめとけ。使者がお前を消しにいくぜ」
ヘラヘラと笑う男に向かって、彼は真剣な表情で伝える。
「俺は大丈夫さ。安心してくれよ」
男が軽い口調で口走ると友人は手を合わせて、まじないを唱える。
「戸締まりはしとくんだぜ」
「いくら閉じこもってったってな。家ごと壊すときもあるよな? 一〇年前の島みたいに」
「それは向こうが悪い」
男が左上を向いてつぶやくと、友人は冷たい態度で唇をとがらせた。
「俺は行くよ。じゃあな」
財布を片手に男が会計に向かった。
友人も食事を済ますと料金を払いにいく。
ふと、視線を感じた。誰かが自分を見ている。背中にぞわっと悪寒が走った。
「気のせいか」
眉を寄せる。まばたきを三度繰り返した。
友人はすぐにカフェを出て、友人を追いかける。
なお、まったくもって、気のせいではなかった。
消し炭色の瞳は彼の背中を追いかけたあとに、前を向く。
二人がカフェを訪れる前から通路を挟んだとなりの席に、一人の女が腰掛けていた。格好はハイネックのセーターにミニスカート、ロングブーツを合わせている。カラーは黒紅色にまとめていた。雰囲気こそ違えど浅黒い肌と掘りの深い顔立ちは、ごまかせない。彼女の正体は先ほどテレビに映った巫女だ。
女性はモーニングを頼んで、コーヒーに口をつける。雑誌をペラペラとめくりながら、人々のうわさ話に耳をかたむけ続けた。
冷ややかな消炭色の瞳が動く。
また一人カフェを出る客を見届けて、彼女も席を立つ。
外に出てひんやりとした空気に、身をさらす。持っていたコートにそでを徹してから、歩き出した。
「どうだい、占いでもしていくかい?」
不意に声がかかった。ひっそりとした道の途中で、足を止める。
振り返るとシャッターのしまった車庫の前で、老婆が立っていた。悪臭のただよう朽葉色の衣を着ている。見るからに怪しげな風貌だ。
老婆は口角をつり上げて入れ歯を見せると、骨ばった指でさしまねく。
女は表情を一つ変えずに、近寄った。
「雪野にくるなんて珍しいな」
凛とした低めの声に対して、老婆は魔女のような声で答える。
「そろそろ役目も終わるからね。で、どうだい。やっていくかい? お前さんも未来を知りたいだろう」
きつね色の瞳で女を見つめる。彼女は「ならば恵んでやる」とばかりに、一万円札を差し出した。
老婆はほくそ笑むと、軽くて細い筒を手渡す。
ただちにヒモを解いて、巻物を広げた。内容は短かい。三月二四日から三月三一日までに起きる出来事のみが、書いてある。
無表情のまま立ち尽くしていると、老婆はニタリとする。
「一年分の未来のみを描く仕様なのさ。来年度に入ってから、またきな」
乾いた唇の隙間から黄色い歯がのぞく。
一言でいうと巫女は詐欺に遭った。
高級なステーキを買える金額を失いながらも、彼女は落ち着いている。筒をゆっくりとふところにしまってから、老婆を見る。
「十分だ」
なにごともなかったかのような無表情で、淡々と気持ちを伝える。
「そして、貴様の元には二度と来ないだろうな」
彼女にとっては、はした金を渡しただけだ。出費はどこ吹く風。だが、大切な人から受け取ったプレゼントを、横流しにした気分だ。後ろめたさに目をそらす。実質は自分の所持金だと、おのれに言い聞かした。
老婆が新たな商品を薦める前に、女は歩き出す。狭い道を風を切るように進んだ。同じ位置に留まる相手を置き去りにする。
一人になったところで顔を上げた。雪が降ってくる。空は夜が明ける前から真っ白に霞んだままだ。雲が太陽をさえぎって地上に届く光は青白く、弱々しい。あたりは呼吸が止まったように静かだ。
「謝らなければ」
そばを自動車が通る。慈しみのこもった声をエンジンの音がかき消した。燻った匂いが鼻をかすめる。
「結局は失敗するのか、私は」
声を落とす。白い息を吐いた。
彼女の表情は苦々しい。
うつむきながらも、口元に花を咲かせる。もはやそれが癖になっていた。
自身の運命を悟ったような顔をして、巫女は軽やかに地面を蹴る。
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