同居が決まる

 三〇分後に目的の場所にたどり着く。


 針葉樹に囲まれた広い空間に、隠れ家のような雰囲気の家が建っていた。バラ色の屋根は三角形で、バニラ色の壁には温かみがある。テラスが設置されているほか、窓も同じ大きさのものが複数空いていた。シンプルが外観ながら細かな部分まで気を使って、設計しているように感じる。


「さあ、入って」


 彼女が扉を開ける。玄関は広々としていた。


 廊下に上がってリビングに向かう。ドアを開くと一人で利用するには広すぎる空間が目の前に広がった。中央には飴色に光るテーブルとチェアがあって、延長線上には大きな薄型テレビが設置してある。


 外装はともかく内装の豪華さとセンスのよさは予想していなかった。


 目移りしつつ治療を受ける。手持ちのガーゼや包帯をつけると、痛みが引いた。その折、気付く。パーカーについた泥水が消えている。正確にいうと透明な水に変わった。不思議な現象に首をかしげる。


「治癒魔法みたいのがあったら、いいんだけどね。今はないものね」


 真白がぼんやりとしていると、少女は勝手にリモコンを手にして、電源を入れる。テレビがついた。大きな液晶がドラマの再放送を流す。ストーリーはよく分からないし、見知らぬ人間ばかりが映っていた。


 不意にカメラが一人の少女を映す。花も逃げ出しそうなくらい、美しい娘だった。オパール色のストレートヘアが、存在感を放つ。桜色の唇でスラスラとセリフを口にして、自然な演技で視聴者を魅了する。主人公に恋をするヒロインを演じているのもあって、ピンク色の衣装が似合う。色白の肌に浮かぶバラ色の血色も、想いを寄せる相手を見上げる熱い視線も――なにもかもがすばらしい。


 同時に気づく。現在一つの空間に同じ顔の者がいることに。


「まさか」


 同じ部屋にいる少女を見る。


 そう、『まさか』と思った。だけど、確固たる現実が目の前に立っている。


 部屋に満ちた甘い匂いにいまさら気付いて、胸が早鐘を打ち始めた。先ほどからのどが乾いて、うまくツバを飲み込めない。おまけに目もくらむ。果たして、自分の目に見えているものは正しいのだろうか。幻と出会ったような気分になって、背中を生温かい感触が流れていく。


 真白が目を丸くして突っ立っていると、少女は彼へ顔を向けて、ニコッと笑った。


「私、ハナサキイロハ。女優をやってるの」


 堂々と胸を張る彼女の姿は、テレビに映る女性と瓜二つだった。


「お花が咲くで『花咲』、色彩豊かな葉っぱで『彩葉』よ。カラフルでいい名前でしょう」

「本名ですか?」

「偽名、または芸名かしら」


 偽名だとは一瞬で予想がついた。花咲彩葉という名が彼女に合いすぎている。後づけだと考えていたところだ。


「巻き毛の人の名前は?」

「彼女ならミドリっていうんだけど。フルネームは龍と神でタツガミ」


 龍神ミドリ――水色の巻き毛と緑の瞳を持つ女性は外国人のような見た目だった。和名とのギャップがある。二つの要素を組み合わせると、物語に登場するキャラクターのようだと感じた。


「やっぱり、そうか」


 情報を聞き出しながら一つの議題に関して考え込む。


 彼にとって常識が通じるか否かは、重要だ。自分が異世界と現実世界――どちらに飛んだのかは気になる。


 まず、異世界と聞くと西洋のイメージが強い。最初に見た町並みが日本の雪国と似ていたため、現実世界だと勘違いした。だが、現代の日本にしては違和感がある。例えば、花咲彩葉と龍神ミドリの容姿は西洋人に近い。髪も派手な色に染めたときの、悪目立ちする感覚がない。瞳もカラーコンタクトよりも本物らしかった。


 結論を出すのは早いし、根拠が薄い。

 だがしかし――


 なにが言いたいのかというと、『和風のファンタジーもありではないだろうか』だ。


「泊まっていってよ。永遠に」

「現代すぎるのは気になるけど――って、今、なんと?」


 とっさに顔を上げる。

 先ほど練った考察が一気に吹き飛んだ。

 目が冴えて少女のきょとんとした顔が、鮮やかに映る。


「泊まってもいいと言ったのよ」


 淡い紅色の唇が言葉をつむぐ。

 とんでもない誘いを聞いて、混乱の渦が心を飲み込んだ。


「な、な、なにを言ってるんです?」


 気がつくと手のひらが汗まみれになっていた。


「僕は出ます。女優と一緒にいるのはおこがましいといいますか」


 小さな声で告げて背を向ける。

 甘酸っぱい匂いを振り払うように、廊下へ向かった。


「ちょっと待ってよ」


 少女が呼び止める。

 言葉と同時に彼女は後ろから少年に抱きついた。


 背中に柔らかいものが当たっている。わざとだろうか。意識すると、熱が全身をはい回る。くすぐったい気分だ。女性と触れ合った経験が薄いため、刺激が強い。顔をりんご色に染めながら、拘束を抜けようとする。相手の力が強くて、失敗。初心な少年は一瞬で体の支配権を奪われてしまった。


「どうして逃げるの?」


 真白の位置からは見えないが、彼女の誘うような表情は妖艶で、年齢を少女から大人の女性へ変わったようだった。


「だって、芸能人ですよね?」

「いいの。気にしないで。私、普通に生活しているだけだもの。同じ人間でしょう。なにが問題なのよ?」

「だ、大問題です」


 全身を包む花の香りが、心をくすぐる。

 耳元で聞こえる甘い声に、気が狂いそうになった。


「スペックが違うんですよ。同じなのは種族だけです」


 額にかいた汗を拭う。

 胸が高鳴って、息苦しい。

 目の前が薄暗くなる。周りの景色がグルグルと回った。

 対する少女は子守唄をささやくような声で、言葉をつむぐ。


「あなたは今、混乱しているわ。落ち着いて」

「いえ、僕は冷静です。おかしいのは君ですよ。だいたいなんで、こんなよく分からない人間を家に上げるんですか?」

「そんなにおかしいの? 私って」

「ええ、まあ」


 相手の行動は常識の範囲からはみ出している。少なくとも、真白にとっては。


「でも、これは私が決めたことなの。指図はさせないわ」


 力強い声を背中に聞いた。

 真白は湿った息を漏らす。

 相手も頑なだ。意地でも別荘に泊めたいらしい。


「状況が掴めないという気持ちは分かるけど、後で補っていけばいいわ。まずは、こちらの願いを聞いてほしいの。そのためにあなたを呼んだのよ」

「なんですか?」


 彩葉が力をゆるめる。自由の身になった。あえて逃げずに振り返る。彼女の話を聞く体勢になった。

 背筋を正して待つこと数十秒、少女は神妙な面持ちで口を開く。


「命、狙われているみたいなの」

「はあ、そうですか」

「リアクションが薄いのね。冗談じゃないのよ」

「分かってます。十分に驚いてもいますよ」


 鼻の下をさわりながら、慎重に視線を合わせにいく。


「心当たりは?」

「あるわ。あなたも見たでしょう? 彼女、私を殺そうとしているの」

「彼女とは巻き毛の?」

「そう、蛇みたいな女よ」


 龍神ミドリが彩葉を追い詰める光景を、覚えている。

 つり上がった目が頭をよぎる。縦に長く伸びた瞳孔は、蛇に似ていた。


「た、倒せって? 僕に?」


 声を裏返す。

 真白は一般人だ。物騒な女性と戦うのは、気が引ける。

 顔は引きつって、手はせわしなく開いたり握ったりを繰り返す。


「なんでそんな発想にいたるの?」


 少女は目を点にして、首をかしげた。


「それともあなたはバトルジャンキーなの?」

「ち、違います。不安になっただけなんれす」


 早口で主張をしたら一か所、噛んだ。

 向かい合う少女は引き締まった顔で、唇を動かす。


「私はね、ボディーガードをお願いしたいのよ」


 あっさりと口に出した。


「戦えと言ってるようなものじゃないですか?」


 眉の端をかきながらフローリングに視線を落とす。


 要するに彼女は『危険から護ってほしい』と言いたいのだ。いささか無茶がすぎる。ケンカの経験すら(覚えている範囲ではない)学生では、相手を守り切る自信がなかった。


「違うわ。近くにいてほしいと、お願いしているのよ」

「口説き文句かなにかですか?」


 汗をかきながら後ずさる。

 体がこわばって、ロボットのような動きになった。


「龍神ミドリは人前ではおかしな気は起こさないのよ。そばに誰かがいれば逃げていくの」


 彩葉はスラスラと説明を繰り出す。

 なるほど。内心で納得した振りをする。


「それに、あなただって行く宛がないんでしょう?」

「はい。小銭しか持ってませんし」


 背中で扉を開けて廊下に転がり出る。


「だったらいいことずくめじゃない。食事や寝床も無料なのだし」

「でも、甘えすぎるのは」


 壁際に逃げる真白を彩葉が追い詰める。


「大丈夫よ。私、お金ならたくさん持っているもの」


 惚れ惚れするようなかっこいい表情で、ハッキリと言い切った。

 実際に下々の民が目を見開くほどの収入を得ているのだろう。リビングの家具も質がいい。高級な商品を並べてあると予想する。


「でも、ただっていうのはどうなんですか?」


 真白が泣きそうな顔をすると、彼女は思いついたように「あっ」と叫ぶ。


「こういうのはどう? 私のかわりに掃除とかしてくれるっていうのは」

「それはいい交換条件かもしれない」


 簡単なことならいくら無能といえども、完遂できる。

 急に自信が湧いた。気持ちも明るくなったところで、女優も満ち足りたように笑む。


 はてさて自分の選択は正しかったのだろうか。

 断ったところで、ゲームのNPCのように永遠に誘ってくるパターンだった可能性がある。

 そう考えると口元に苦笑いがにじんだ。

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