物語カンパニー
「おい、これはどういうことだ?」
その黒マントは静かに足音も立てずジジに近づき言った。
「はい、申し訳ありません。どうやら付いてきてしまったようです。桃太郎のチップは消去しますのでご安心ください」
背筋をピンと立て、見た目は老人だが若い青年のような力強い立ち振る舞いをするジジの姿にボクは目を疑った。その驚きは桃太郎も同じだった。
ジジと黒マントに見下ろされ、光の輪に包まりながら地面をゾリゾリと這いつくばる。そして真っ黒く芯の強い眼差しで2人に問う。
「ジジ、どうしたんだ?お前っ!ジジに何をしたっ!」
2人は目だけで意思疎通して、ジジは小さくうなずいた。そして頭の中に直接突き刺さるような鋭い声で黒マントは話し始めた。
「桃太郎。お前は今から死ぬ」
黒マントから思いもよらない言葉を投げかけられ、真っ黒な黒目の瞳孔が一回り大きく広がった。
「いや、死ぬというのは間違いだった。もう一度物語をやり直してもらおう」
冷たい視線で桃太郎を見下しながら話を続ける。
「我々は遠い先の時代から来た、物語カンパニーという組織だ。この物語は我々によって作られたものだ。ジジもババも人間そっくりの作り物だ。この物語の中で決まった動きをするように仕込まれてある」
黒マントはスーッと桃太郎のまわりをゆっくり徘徊しながら話を続ける。
「この時代には我々にとって、とても貴重な鉱物が多く残されている。ただ、原石が必要なのではなくこの時代の技術や資源で武具や武器に加工され鍛えられた物のみ価値がある」
「桃太郎、お前はジジ、ババに育てられ、村で生活し来る日も来る日も鬼の話を聞かされなかったか?鬼が村を襲い食料や財産を奪う話だ」
桃太郎は記憶を回想すると、食事の時、遊んでいる時、大人と話す時、誰もが鬼の愚行を口にしていたことを思い出した。
「桃太郎、お前は実際に鬼の悪さを目にしたことがあるのか?なぜお前は鬼ヶ島に行って鬼退治をしに行こうと思ったんだ?村の人たちはそんなに厳しい暮らしをしていたのか?子供たちも元気に育ってたのではないか?現にお前がそうだろう?」
桃太郎はずっと黒マントを睨んでいたが、一度視線をそらし、少し考えたあとキッと睨み直した。
黒マントはその睨みを飲み込むようにこう言い放った。
「鬼はお前たちに悪さをしていない」
木陰で聞いていたボクは一瞬耳を疑った。何もやってない?だったらあの血がついた金棒は?宴の食料は?大量に隠されていた武器や武具は?あれはいったいどうしたんだ!?
そんなボクの疑問を振り払うように黒マントは話を進める。
「鬼たちは武器や鎧を作るための労働力にすぎない。鬼も我々が作り出し、人並みならぬ力を与えている。そのパワーは武器を大量に生み出すために都合がいいのだ。奴らはただ、モノを作っているだけだ」
「じゃあ、なぜボクは鬼を退治しに行ったんだ!?悪いことをしていないなら倒す必要なんてないじゃないかっ!」
桃太郎の苦しそうな叫び声が闇夜に消える。
「ああ、そうだ、善悪で言うなら倒す必要はないだろう。お前が鬼を倒すようにインプットされているのはただの鬼の入れ替えだ」
「鬼の入れ替え・・・?」
理解に苦しむ桃太郎が黒マントの言葉を小さな声で繰り返した。
「鬼たちはパワーを上げている分、一つ欠陥がある。それはどんどん動きが悪くなる。作りたての鬼は精力的に働く。武器が製造される頻度も質も良い。ただ、数年経つとその動きが著しく落ちる。ちょうど子供が青年になるくらいの時間だ。だからただの『肉』に戻すためにお前がいるのだ」
黒マントは夜空を見上げながら話を続ける。
「物語は良い。人間たちが何一つ疑いなく動く。村人の中に数名鬼の愚行を語るものを忍ばせ、その噂を徐々に広げる。噂は誇張され、同情を生み、多くの人が鬼を見たこともない、略奪されたことがないにもかかわらず伝わっていく。次第に何が真実かわからなくなり、言い伝えのように何年も何年も人々に話し継がれていく。人間は扱いやすい。目で見て確かめてもいないのに、『誰かの言葉』『声が大きい人の言葉』を信用して自分ごとのように話す。だから物語の一つとしてコントロールし、最大限に活用してやっている。奴らは我々にとってただの道具でしかない」
どんどん饒舌になる黒マントとは裏腹にボクは奴の言葉を一生懸命理解しようと何度も言葉を復唱した。おそらく地べたでもがくことをやめた桃太郎も同じように混乱し、考えているのだろう。
黒マントは突然直立するジジの方を向いた。
「こいつらはすべて物語の登場人物だ。犬、さる、キジもそうだ。鬼ヶ島に行く途中、お前を監視し、鬼退治をやめないよう鬼の悪さを側で話し、怒りを助長させるための道具だ。そうすればお前は鬼ヶ島に到着次第、無言で怒りのまま、鬼の言葉を聞くことなく倒すだろうとわかっていたからだ。速やかに古くなった労働力を掃除し、鬼にとられたと勘違いしてくれる武器をすぐ村に持って帰ってきてくれるだろうからな」
桃太郎は黒マントを睨むことをやめ、地面に顔を押し付けたままボゥと黒マントの足元を見つめていた。彼はもう光の輪から逃れようともがいていなかった。
黒マントはジジの後ろに立ち、首のうなじに手をかざした。すると音もなく細い棒のようなものが抜き出され、直立していたジジは急にカクンと膝をおり吊るされていない人形のように脱力して地面に崩れ落ちた。
「ジジッ!!ジジッ!」
混乱の中、桃太郎は自分の目の前に崩れ落ちたジジの顔を見つめ叫んだ。ただ、ジジは死んだ人間のようにピクリとも動かなかった。
「こいつはこの村での役目が終わった。いらない記憶だけ消し、別の村でまた物語の登場人物になってもらう」
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