菜穗里の旅情

Shran Andria

第1話


斎藤 菜穂里は、静岡の高校から関西の私立大学を卒業して、そのまま、京都のソリュープロデュースというインターネットを活用したイベントプロデュースの会社に就職して、3年目に入っていた。

高校の友人は、多くが地元に近い大学や専門学校に行ったが、菜穗里は、グローバルITという、語学とITを融合した学部を専攻したくて、関西の大学に入学した。

そして、就職後は、必死に仕事をして、静岡に帰る暇もなかった。ようやく、3日間の連休を確保して、静岡で開催される高校3年の同窓会に出席する。

今時、珍しい封筒に入った案内と思われる郵便物があったが、ラインで高校時代からの親友の凛子に出席をお願いしていた。

京都駅の新幹線改札を抜け、ひかり号に乗車して、指定の席につくと、なんだかウトウトしてきた。

そんな意識の中、高校時代からの想い出が一挙に溢れ出てきた。


狙いの大学を決めるのに、当初は、両親に家から通える方がいいとか、仲のいい友人からも寂しくなると、言われていたが、一度決めたら必ずやり遂げてきた彼女には、誰の言葉も届かず、最後は父親もそこまで覚悟があるならやってみなさいと言われた。

大学時代は、同じ大学で知りあった真花と特に仲が良かったが、他の友人とは軽い付き合いにしていた。

その先にある就職を考えて、遊び過ぎて、楽し過ぎる学生生活にならないよう考えていたためだった。

しかし、稀にみるサッパリした性格の彼女は、真花の助けもあって、上手く学友達とは過ごした。

3回生になると、皆が就活で多くのエントリーをするのに対して、会社を絞りこみ、あまり説明会にも足を運ばなかった。

菜穗里は、2社に絞りこみ、会社のことを調べた。あまり大手でなく、面白い試みをしている会社を選らんでいた。

てして、ITを活用して、少ない予算で、クライアントのイベントを成功させることに注目され始めたソリュープロデュースを選んだ。

入社後、最初の仕事のクライアント探しで、少し人気の出て来た若手の芸人コンビを選び、大きな反響を得た。

得意気な菜穗里に、新進気鋭の社長、西大字 卓は、こう言った。

『違うんだよな、売れてる芸人よんで、ライブの場を安く提供するのが当社の目的じゃない。』

少し、カチンときた菜穗里は少し、強い口調で、『お言葉ですが、今までの当社で取り組んできたどのライブより、収益が高く、売上に貢献した、あの企画に何の問題があるのでしょう。』

西大字は、きっぱりと『いいか、当社の基本理念をもう一度読み返してくれ。我々は、第二のケラケラ動画を目指しているのではない。』

稀にみるサッパリした性格の菜穗里も、これには少し、感情が揺れ動いた。本当に私は間違っていたの?

暫く、苛立ちの中仕事を続けていたが、何故か、西大字が賞賛する、同期の木谷君の仕事に注目するようになっていた。彼は、なんだかへんてこな音楽を出し続けるグループ、天の川バンドのライブ配信を続けていた。最初は、ほとんどアクセスのなかった天の川バンドが、回を重ねる毎に、アクセス数を増やし、バンドに対するツイートも増えていた。

一方、菜穗里が企画した若手芸人は、2回の配信をしたあと、つづかなかった。やはり、やはり、安いイベント代を利用してみたという感じだった。

その辺りから菜穗里は、行き詰まっていた。

だけど、目先の利益ではなく、アーティストを育てて、それに伴いソリュープロデュースも成長していく。それが西大字のビジネスモデルなのだ。


岐阜羽島で停車後、ひかりは再び走り出したころ、菜穗里は、今どきと思っていた同窓会の封筒をカバンから取り出してみた。

『毎年恒例、3年A組の同窓会を開催します。下記のメールアドレスに参加の可否を連絡下さい。1度返信を頂いたあとは、次年以降もメールでのやり取りに変更させて頂きます。


同窓会幹事、坂本 忠則』

菜穗里は、はっとした。坂本君・・・。


菜穗里が通っていた高校は、受験との兼ね合いで文化祭を春に移行する学校が多い中、従来通り秋に開催していた。

5人のメンバーで、クラスの出し物を決めるチームを作っていた。女子は、菜穗里と、凛子が選らばれていた。

菜穗里は、稀にみるサッパリした性格ながら、長身で、男子から密かに人気があった。菜穗里は、ある程度自覚していたが、あまり興味がなかったので、私は、誰ともお付き合いしませんよ、という態度をつらぬいていた。一方、凛子は、小柄で、愛想もよく、少し丸顔で、クラスのアイドル的存在で、学年一のイケメン、テツヤと交際していた。それに、学年一の秀才ケンジを加えた5人が企画にあたっていた。

5人は、個性はそれぞれだったが、この受験の慌ただしい時期にこそ、クラスで何かをやり遂げれば、きっと全員の将来に役に立つだろうと意見が一致していた。

新静岡駅のセノバにある、‘炭火焼きレストランさわやか′というハンバーグ店で、何度か打ち合わせをした。

3回目の打ち合わせで、結局、よくあるけど文化祭鉄板のオブジェ作りにしようと、ほぼ決まっていた。

その時、メンバーの中では特に目立たない坂本が、少し違ったことをやりたいと提案した。彼のアイデアは、ランダムに選定した色を小さな四角形で印刷して、それを貼り絵のようにして、僕らの思いを現す大きな絵にしたいと言いだした。

ケンジは、ランダムな四角形を大量に作ることまでは問題ないが、その異なる色を組み合わせて、所望の絵を作るのは困難だと主張した。

テツヤは、よくわからなかったが、ここは自分の出番だと思い『ケンジいいじゃないか、坂本君の考え、グレートじゃないか、みんなでチャレンジしようぜ!』

テツヤの勢いに押されケンジも首を縦に降った。

凛子は、うるうるした目で、テツヤ格好いいと、菜穗里のよこで呟いた。

菜穗里はそれを聞いて目眩がしたが、稀にみるサッパリした性格で、ポーカーフェースをつらぬいた。


その帰り、菜穗里は坂本と家が同じ方向ということで、一緒に歩いて帰った。

道すから、さっきのはどういう意味かと坂本は『世界には46億の心がある。それは、それぞれ違う色だ。僕は、それをどうまとめていったら良いか明らかにしていきたい。芸術ではない。行動心理学としてだ。』

菜穗里は、坂本が言っている意味を理解したように思った。


菜穗里は、4回目、5回目の打ち合わせでは、坂本の顔をチラチラ見るだけだった。

ケンジは坂本の意向を汲み取り具体的プランにした。『色は、赤、青、緑の三色からなりたつ。ランダムに作成した色を三原色をもとに色の傾向に基づき、300種類に分類する。そのソフトはすでに作った。世界の国は現在196ケ国とされているが、大きな国は、何分割かして、300の数に分ける。僕らのクラスは30人。1人10個の担当でその国のことを調べて自分が思う色を考える。

四角の紙は、3万枚、ランダムな色で作る。

みんなにはアンケートの形で自分の担当の色と、いくつかの質問に答えて貰う。

それをもとに、300箇所に一ヶ所100枚という形で皆に渡す。

それを世界の白地図に各人貼り付ける。これでどうかな?アンケートのソフトも僕がすぐに作成する。』

『すご~い。』凛子が声をあげる。

ケンジも、坂本もなっとくした。


次の日、クラスで説明をすると、みんな盛り上がってきた。

一見、膨大にみえる作業だが、ケンジのソフトのおかげで、皆の手間は比較的簡単なものだった。


クラスが一体となり、その巨大な世界地図は、完成した。

明るい色の国、暗い色の国、ある意味日本人の思う世界の情勢でもあった。


文化祭当日、張り出された地図はあまり注目は受けなかった。

解説を書いたプレートに、なるほどと言う人も多かったが、地図にはあまり魅力がなかった。


でも、クラス全員それを誇りに思っていた。

菜穗里は、坂本に『やったね!』と言った。

坂本は、照れながら『菜穗里さん。ありがとう。』と小さな声で言った。

それを見た凛子は、『あれ~、2人いい雰囲気~。』と言った。

坂本は、ダルマ並みに赤面した。

菜穗里は、ドキッとしたが、稀にみるサッパリした態度で、『凛子、怒るわよ~。』と言った。


ひかりは名古屋を出発し、さらに静岡に向かっていた。


菜穗里は、頬を涙がつたっていることに気がついた。

隣に人が居なくてよかった。

少し疲れてるんだな。

みんな楽しく人生を送ってるのかな。

みんなのいる静岡に帰ろうかな~。

同窓会の案内の封筒に、もう1枚の手紙が入っていた。ドキドキしながら、菜穗里は、折られた紙を開いた。坂本からのメッセージだ。

『菜穗里君、君のことだから、今年もこれを読んでないんだろうね。もう、8年目の手紙だよ。僕は、最初の1枚に君への想いを綴った。3年目で諦めたよ。笑』

菜穗里は、頭の整理がつかなくなっていた。


掛川を通過するころ凛子からラインが入った。

『菜穗里、今どこ?今日、同窓会の前にセノバのさわやかで会おうよ~。坂本君も、ケンジ君も来るよ~。』

菜穗里は、『ヤッター。行くよ!』とだけ返信した。


そう、私は坂本君に憧れてたのかも。でも、どんな顔で会えばいいの?


ひかりは静岡駅に着いた。

とりあえず、駅で涙の後の化粧直しをした。特にまゆ毛は、何時もより盛ってかいておいた。

新静岡までは、歩いて十数分、この間に坂本君にどんなことを話すのか考えておきたかったが、なにもまとまらなかった。

3時5分、さわやかに着くと3人は既に4人用テーブルに着いていた。

『久しぶり~』凛子が、明るい顔で向かえてくれた。

ケンジは、東京の大学を出たあと、医療、教育関係のソフトウェアハウスを企業して、3年前に念願の自由ケ丘にオフィスを構えたそうだ。医療機器もソフトウェアに依存するところが増え、堅調に経営は進んでいるそうだ。

菜穗里は、関西ではさわやかが食べれないことや、静岡に行った人でも、オニオンソースの良さがわからない人が多いなど、無難な話をした。

そして、凛子が切り出した。『来年ね、坂本君と結婚することになったの。』

菜穗里は、かいたまゆ毛を1度ひくっとさせたが、平然と、『おめでとう。』と言った。凛子は『坂本君ね~あの文化祭の作品が認められて、アートの道を歩んでいるの。芸術は、ランダムの積み重ね~ってね』

菜穗里は、あの日、聞いた坂本の話を思い出した。しかし、その事には何も触れず『みんな凄いね。テツヤ君は?』凛子は、『なんか東京でモデルみたいなことやってるみたい。今夜来れないらしいよ。』と言った。


セノバを出て、六時の集合前に実家に顔を出すと言ってみんなと別れた。


そして、2泊3日の予定を変更して、明日1番で京都に帰るよう予約を変更した。


そして、同窓会を無難に終え、翌朝再びひかりで京都に向った。


そしてこう呟いた『私が憧れてたのは、坂本君ではなく、あの日の坂本の考え方。だから、今の会社を選らんだのよ。』


その日の新幹線の窓からは、さわやかな青色と、美しい富士山がはっきりと見えていた。


~終わり~



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