7
かつん。
響く。
足音がかつんかつん、と。
それ以外は無い。静寂の中、踏み入れる足音だけ。トラップは全て解除した。計算に間違いはないはずだ。
かつん、かつん。
その、音に紛れて、クスクスと止まらない笑みを混じらせながら。
やっと。やっとだ!
歓喜を抑えられない。
文献を漁った。何度もテストし、ギルドメンバーを潜入させた。自身も潜入し、トラップの位置・回避方法を検討してきた。
犠牲者数48人――否、今回の喩術師をいれれば49人。意外に少ない犠牲で到達できそうだ。
この文献を知った時には、目を疑った。あり得ない、と。だが数多の記述が調べれば調べるほどに重複してでる古文書。これに心踊らない訳がなかった。
ギルドへの報告義務が構成員にはある。だが、それを厳守する人間がいくらいる事か。国が欲するテクノロジー以外は裁量で、ロスト・セレブレーションの技術を持ち帰ってもいいとされている。勿論、同僚の監視、ギルドの検閲は受けるが。
ギルドは国だ。
国は戦争の技術が欲しい。彼らはそれを抑止力と呼ぶが、なんら武力圧力と変わらない。だからこそ、彼らはパナケイアの記載については、ノーマークだった。
――後で寄越せと言っても遅い!
不老不死だぞ? 不老不死! 老わず、死なず。どんな技術よりも素晴らしいじゃないか。研究に幾年かかっても怖い事など無い。むしろ死を恐れない。脳細胞をピーク時のまま維持して研究が可能かもしれない。なんて技術だ! なんて遺産だ!
かつん、かつん。
足を止める。足音が止んだ。おかしい……同伴の仲間たちはどうした? やっと冷静になる。
と、蒼白い光に照らされて、心臓がびくんと跳ね上がる。
そこには銀髪の少年が気怠そうに立っていた。
「お前は……?」
「パナケイアと言えば分かるか?」
突然の宣言に虚を付かれる。その名前こそ古文書にあった不老不死の媒介そのもの――歓喜が湧き上がった。ポケットから出すのは、ロスト・セレブレーションから発掘したリボルバー型拳銃スミスアンドウェスタン。その引き金に手をかける。
と、目を疑う。
少年――パナケイアが二人になったのだ。目をこする。三人、四人、とパナケイアが増えていく。唖然とその光景に意識が飲まれる。
その手が額に触れた。
「シコウカイセキカンリョウ」
パナケイアは不思議な言葉を呟いた。
「は?」
「緊急措置だ。対象となるクライアントしか情報を知りえない場合がある。その場合はクライアントの短期記憶を照合する。もっとも、貴方を治療する気は毛頭ないけどね。学師様?」
パナケイアはにんまりと笑む。学師は愕然として、相手の顔を見た。
「他の連中はどうした?」
「眠ったよ。同じ神経ガスを吸ったというのに、貴方はお元気だね」
「しんけいがす?」
その単語は聞き覚えが無いが戦慄は覚える。今現在の目眩と不安定感、揺らぎ、そして動悸。これが全てロスト・セレブレーションの技術だとしたら?
恐怖がこみ上げた。
照準すら定まらないままに、拳銃に手をかける。その手が震える。
乾いた音が耳をつんざく。その音は確かにリアルだった。パナケイアにその弾丸はまるで届かない。
「毒は薬に。薬は毒に。知識なき者が扱う薬は間違いなく毒だよ? まぁ貴方はそれでもいいんだろうから、欲しがっていた薬をあげようじゃないか」
「…………」
そっとパナケイアは手をのばす。学師は体が強張ったように動けない。暗闇の中で蒼白く。
感じる息遣い、声の湿度。それは艶かしくも美しさすら感じる。
そこに一欠片の優しさも無い。それだけは察した。
「不老でありたいとはニンゲンは何とも可笑しい。乾いた標本のまま、呼吸と鼓動と思念だけをするんだね」
と、喉頭に何かを押し込む。
条件反射で、学師はそれを飲み込んでしまった。
声も出ない。
視界も色を失せていく。
かろうじてのばしたその手が――。
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