かつん。

 響く。


 足音がかつんかつん、と。

 それ以外は無い。静寂の中、踏み入れる足音だけ。トラップは全て解除した。計算に間違いはないはずだ。


 かつん、かつん。

 その、音に紛れて、クスクスと止まらない笑みを混じらせながら。


 やっと。やっとだ!

 歓喜を抑えられない。


 文献を漁った。何度もテストし、ギルドメンバーを潜入させた。自身も潜入し、トラップの位置・回避方法を検討してきた。


 犠牲者数48人――否、今回の喩術師をいれれば49人。意外に少ない犠牲で到達できそうだ。


 この文献を知った時には、目を疑った。あり得ない、と。だが数多の記述が調べれば調べるほどに重複してでる古文書。これに心踊らない訳がなかった。


 ギルドへの報告義務が構成員にはある。だが、それを厳守する人間がいくらいる事か。国が欲するテクノロジー以外は裁量で、ロスト・セレブレーションの技術を持ち帰ってもいいとされている。勿論、同僚の監視、ギルドの検閲は受けるが。


 ギルドは国だ。


 国は戦争の技術が欲しい。彼らはそれを抑止力と呼ぶが、なんら武力圧力と変わらない。だからこそ、彼らはパナケイアの記載については、ノーマークだった。


 ――後で寄越せと言っても遅い!


 不老不死だぞ? 不老不死! 老わず、死なず。どんな技術よりも素晴らしいじゃないか。研究に幾年かかっても怖い事など無い。むしろ死を恐れない。脳細胞をピーク時のまま維持して研究が可能かもしれない。なんて技術だ! なんて遺産だ!


 かつん、かつん。


 足を止める。足音が止んだ。おかしい……同伴の仲間たちはどうした? やっと冷静になる。


 と、蒼白い光に照らされて、心臓がびくんと跳ね上がる。

 そこには銀髪の少年が気怠そうに立っていた。


「お前は……?」

「パナケイアと言えば分かるか?」


 突然の宣言に虚を付かれる。その名前こそ古文書にあった不老不死の媒介そのもの――歓喜が湧き上がった。ポケットから出すのは、ロスト・セレブレーションから発掘したリボルバー型拳銃スミスアンドウェスタン。その引き金に手をかける。


 と、目を疑う。


 少年――パナケイアが二人になったのだ。目をこする。三人、四人、とパナケイアが増えていく。唖然とその光景に意識が飲まれる。

 その手が額に触れた。


「シコウカイセキカンリョウ」


 パナケイアは不思議な言葉を呟いた。


「は?」

「緊急措置だ。対象となるクライアントしか情報を知りえない場合がある。その場合はクライアントの短期記憶を照合する。もっとも、貴方を治療する気は毛頭ないけどね。学師様?」


 パナケイアはにんまりと笑む。学師は愕然として、相手の顔を見た。


「他の連中はどうした?」

「眠ったよ。同じ神経ガスを吸ったというのに、貴方はお元気だね」

「しんけいがす?」


 その単語は聞き覚えが無いが戦慄は覚える。今現在の目眩と不安定感、揺らぎ、そして動悸。これが全てロスト・セレブレーションの技術だとしたら?


 恐怖がこみ上げた。

 照準すら定まらないままに、拳銃に手をかける。その手が震える。


 乾いた音が耳をつんざく。その音は確かにリアルだった。パナケイアにその弾丸はまるで届かない。


「毒は薬に。薬は毒に。知識なき者が扱う薬は間違いなく毒だよ? まぁ貴方はそれでもいいんだろうから、欲しがっていた薬をあげようじゃないか」

「…………」


 そっとパナケイアは手をのばす。学師は体が強張ったように動けない。暗闇の中で蒼白く。


 感じる息遣い、声の湿度。それは艶かしくも美しさすら感じる。

 そこに一欠片の優しさも無い。それだけは察した。


「不老でありたいとはニンゲンは何とも可笑しい。乾いた標本のまま、呼吸と鼓動と思念だけをするんだね」


 と、喉頭に何かを押し込む。

 条件反射で、学師はそれを飲み込んでしまった。


 声も出ない。


 視界も色を失せていく。

 かろうじてのばしたその手が――。

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