呆れた。


 確かにドクターの遺伝子で、パナケイアは起動した。だが、極限的状況下でのブート起動。何も分からないままに、治療を施せない。まして、状況も芳しくなかった。


(賢者の石ねぇ……)


 何がどう偏見を生んだのか、パナケイアシステムが不老不死の永久機関と影で囁かれた。噂は噂を呼ぶというのはこの事か。ニンゲンとはかくも愚かしい。検証もせずに噂話をばら撒く。挙句はパナケイアの心臓を食せば、不老不死を得られるという与太話まで生まれた。呆れて声もでないとはこの事だ。


 かと思えばいくら時間がかかっても、真実の探求に心血を注ぐ。どんな否定も、どんな非難を受けても。

 ドクターはそんな人だった。


 そして彼女はドクターではない。放っておけば死ぬ。それでいいはずなのだが、パナケイアを、あの言葉が刺激する。


 ――がっかり。


 不老不死なんか毛頭興味が無いと言い切る。彼女はドクターではない。ドクターの生まれ変わりではない事も、承知の上で。あまりに、ドクターと瓜二つな物言いだった。


(おもしろい)


 パナケイアはメディカルシステムだ。本来、感情で判断する事はありえない。それをあえて心理プログラムの調整で強化してきたのはドクターだ。曰く、患者は心理で揺れる。それを理解しなくては治療もままならない、と。


 ――なんて面倒な。

 そう思った。だが、今はドクターのような笑顔を浮かべて、ニンマリしている自分がいる。


 一つ、彼女はパナケイアを否定した。彼女が求めたのにだ。


 一つ、彼女はドクターではない。でも面影はドクターで、物言いの端がドクターを彷彿させる。ドクターの遺伝子でパナケイアは起動した。理由はそれで事足りる。

 事足りるが――。


 一つ、不老不死なんていう愚かな夢に群がる愚か者達に逆鱗を。

 何故そんな行動をしたのか、自分自身にも分からない。


 パナケイアはキサラをただ、抱きしめていた。

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