3
混濁した意識の中で、キサラは顔を上げた。それだけで激痛が走る。かろうじて生きているが――これは生きているうちにはいるのだろうか?
痛みが容赦なく、躰を打ち付ける。もう意識を手放した方が楽なのに、痛覚がキサラを叩き起こすのだ。
鎮痛剤があったはずだ、と思うが指先を少し動かしただけで、イタミが身体中を駆け巡る。
「あぁ――」
何かを吐いた。真っ赤なそれは、キサラの命の灯がワズカであることを物語る。
人の生き死には腐る程見てきた。不思議とギルドの面々を治癒した患者の顔は浮かばないのに、無償で治癒した国から見放された人々の顔が浮かぶ。
――先生のおかげで、うちの子が助かりました!
手を握られた母親の感触が何故か思い出す。この土壇場で?
小さく笑んだ。助からない命もある。助かる命もある。この瞬間が最後の場合もある。ただ、それだけだ。
そう淡白に伝えたキサラ自身が今、最後を迎えようとしていた。
指先をのばす。走る激痛。朦朧とした意識の中で、それでも手をのばす。
指先が何かに触れた。
(な、に?)
刹那、仄暗い光の破片が、駆け巡る。ぼやけた視界にうつる光は、ロストセレブレーション特有の共通言語を示していた。
その文字は50の音を礎とし、様々な象形文字で彩られる。現在の24文字では考えられない多様さだ。
キサラは目を疑う。古代文字に混ざり、現在の24文字まで文字が入り乱れる。
キサラは驚いて残った気力だけで顔を上げた。
硝子瓶の中に、少年が眠っていた事に今気付く。硝子瓶の中は青い水溶液で満たされていた。溺れている訳ではない。何十という管が少年の体に繋がれていた。あまりの非常識な光景に唖然とする。
「……これ…って……パナケイア?」
息を切らしながら、キサラは呻く。
と、キサラが手を置いていた床が、同じように文字を踊らせながら燐光を発した。
≪パスコードを認証≫
≪生体コード解析開始する≫
≪声帯認証不一致≫
≪網膜認証不一致≫
≪指紋認証不一致≫
≪DNA認証一致≫
≪不確定ながらパスコードとDNA認証一致を認める。起動項目第三条第二項目の緊急措置によりブート起動了承。パナケイアを仮起動する≫
文字が踊る。あまりの早すぎる展開にキサラの思考が追いつかないし、解読もできない。
だが、認証と起動の文字は確認した。パナケイアが起動するのだ、もう死に行くしかないキサラの目の前で。
(悔しい、なぁ……)
割れる硝子瓶。破片が雨のようで。文字が踊る。文字が舞う。文字が奏でる。文字が、文字が、文字が。
少年が管を引き千切るモーションが残像のようで。キサラの視界が濁る。
≪体内組織は完全に保全。システムに問題ありません。ブート起動完了≫
≪オペレーションシステムの動作テスト開始。パナケイアのセルフメンテナンスを開始します≫
≪起動完了≫
ちらつく文字の断片を最後に、キサラは意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます