たん、と音を立てて足を踏み入れる。魔術師の探査は終了したらしい。剣士と銃士、学師は大きく頷いた。喩術師キサラは、彼らの後に続く。


 古代文明の発掘。それは現代における最大のビジネスと夢だった。かつて栄華を極めた古代文明は、現在の自分たちの文明をはるかに凌駕していた。研究は開発よりも、旧文明の発掘に全大陸が熱狂した。ロストセレブレーション・ラッシュと言っても良かった。


 各国が独自に非公式な(という言い訳の元)公式な探索組織が設立される。それぞれ国の名を冠する所からも、国家プロジェクトなのだが各国はそれを否定し、技術の発掘戦争を今のところは戦争に置き換えていた。


 キサラの所属する「日出ずる」もそれは例外なく、組織ギルド化されていた。各専門職を配置し、遺跡発掘をする必要があるのは、ターゲットとなる遺跡があまりに危険であったからだった。


 学師は古代遺跡の研究に精通した学識の華だ。

 剣士は言わずもなく、軍から配属される近接戦闘のプロ。


 銃士も同様に、軍から配属された遠距離戦闘の専門職。銃士と言ってもロストセレブレーションから発掘された『銃』を使用するのは少数で、クロスボウという照準を合わせやすい弓銃だ。


 魔術師はロストセレブレーションによる技術を活用した支援職だ。このチームの魔術師は小型ダイナマイトなるものを活用し、岩窟の壁面ごと爆破させる技術に特化していた。また当時の文字について共通言語の解析にも詳しく、学師からも買われている。


 そして癒術師だ。最後の後方支援として治療や薬学に精通する。大抵はおまけ程度でしかないが、キサラは少し違った。


 ちりん。


 キサラが歩みを進めると時々、鍔が鳴る。ロストセレブレーションの『刀』を帯び、旧文明の言語や知識にも精通した癒術師、それがキサラだ。 

 チームがギルドより任命されると、毎回の事ながら一悶着がある。


 癒術師はジャマだ、と言いがかりをつける事が毎回。発掘は、力がある男の仕事と息巻く人間が多い。特に、軍から配属された男達は。


 あまりにも五月蝿いので、一度腕を切り落としてやった。

 それで静かになり、やっとキサラは平穏を取り戻した。もっともその後すぐに、癒術で腕を繋げてあげたが。それほどに体内組織を断裂させずに切断した愛刀だ。


 キサラは小さく息をついた。


 同じ国のギルドというだけで、毎回顔ぶれが違う面子。そして名前ではなく、職種で呼び合うだけ。得た技術のほとんどは国に流れる。それでも、それでもだ、キサラは欲していたのだ。


 パナケイアが持つ「賢者の心臓」を。


 古典によると、パナケイアは全てを癒やすとされる。それは怪我や病どどんなレベルに限らず、全てを。


 疫病、感染症で乳幼児、小児の死亡率はあまりに高い。だが国は発掘にばかり目を向ける。挙句、薬剤までもがギルドに流れていく始末なのだ。


(何故にこんな奴らを治さなくてはいけないのか?)


 わかっている。自分はギルドに所属している。


 昨日、宿をとった村の何人かを治療した時の事を考える。栄養失調に悪環境による感染症の蔓延。薬物不足がその情勢に拍車をかけていた。


 チームの面々の視線は冷たかったが、もう慣れた。彼らの思惑など察するまでも無い。遺跡発掘の為の癒術には手をつけるな、と。そう言いたいのがありありと分かる。


 だがギルド支給の薬品に手を付けるつもりは無い。彼らが手配したモノは粗悪品だ。粗悪な人材には粗悪な癒術でたくさんだ。そうキサラは切り捨てる。もっともその粗悪品で治療ができる腕をキサラはもっているのだが。


 キサラは癒術師だ。癒術は人を救う力だと信じている。決して、欲にまみれたハイエナを延命する為の力ではない。


 ――だが、とも思う。自分もまた、そんな欲まみれの肉食獣なのだ。

 たん、たん、と足音だけが響く。欲にまみれて一歩を踏み出す。遺跡発掘は言うなれば墓荒し、と旧知の学師が言っていたのを思い出す。違いない。


 たんたん。足音が響く。

 と、今回組んだ学師が照らす硝子製の人工松明が何者かに叩き落とされた。


「な?」


 歪む声。カチン。それは何かを押した音。この音には聞き覚えがあった。ロストセレブレーション特有の装置起動の合図、と妙に冷静に思う。その瞬間、キサラの足が宙を舞う。


 床が消えた、という表現が的確か。


 ロストセレブレーションの発掘にともなって避けられないのは、旧文明人が仕掛けた罠の回避だ。発掘した遺産や知識よりも、罠の解析が高難度なのだ。一度発掘された遺跡ですら、見落としがあるのではないかと勘繰るほどに二重三重に張り巡らされている。


 旧知の学師は言う。


――彼らの大切にしていたのは情報なんだと思う。【物】ではなくてね。


 そう紙に、旧文明の文字を複写しながら学師は言った。

(情報?)


――キサラには必要ないもの、かもね。少なくとも、喩術に関してじゃない。

(なら必要ない)


 そう切り捨てた。とは言え、トラップの作動は極力避けたい。ロストセレブレーションの守りたがった情報について知る事はトラップ回避に繋がる、と思ったキサラは学師から、それなりの事を学んできた。


 だからこそ――。

 体が

 落下していく

 感覚。



(これは死んだな)

 キサラがそう思った瞬間、激しく体を叩きつけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る