第58話 時斬流(The Kill)
「おい、ビクニ」
カイトとキリコがロビーに着いた。
「遅かったわね、懐かしい来訪者よ…」
クイッと顎で外を差す。
「まさか…」
キリコの顔が曇る。
「ユキ…か…」
「えぇ、そして夜叉丸」
「アレが…いやそうだが、あの色…」
「半年足らずで随分、変わったものね、何をされたのやら…想像したくないわ」
ビクニがタバコを窓にギュッと押し付けて揉み消す。
(珍しく苛立っている?)
キリコが意外そうにビクニを見ていた。
「ただ見ているわけにもいかねぇ」
「待ちなさい!!」
カイトが外に出ようとするのをビクニが止めた。
「あなた、戦えるの?」
「戦う? 止めるの間違いだろ、ユキと殺りあう理由はねぇよ」
「バカ、甘いこと言ってるんじゃないわよ、アレはユキであって、もう私たちの知るユキじゃないのよ、よく見なさい、転がっている死体の山を、躊躇いなく殺しているのよ…アレがユキだと思ってるなら、あなたも死ぬわよ、確実に…ね」
「グッ…でもよ…」
カイトは反論できない自分に苛立っていた。
キリコがそっとカイトの肩に手を置く。
「落ち着こう…今は…ビクニの言うことが正しい、今出れば、私達は殺される…それではユキを元に戻せない…ずっと…ユキの目を覚ます方法を考えよう、ねっ」
「解ったよ…」
カイトが渋々、納得する。
「カイト、キリコ、ケンを探しなさい…近くにいるはずよ、必ずモニタリングしている、あの子の性格からして、遠くで高みの見物は在り得ないわ、ケンなら、あるいは…ユキがこうなった理由を知っているはず…急いで!!」
「解った、ビクニ、アンタは?」
「私は、ユキの動きを止めてみる…ロビーに入ってきたら、ガスで眠らせる…おそらく、長くはもたないでしょうけどね」
(耐性くらい強めているはずでしょうけど…それでも数分くらいわ、いえ動きが鈍れば…神化しているわけでも獣化しているわけでもないのだから…私でもなんとか…なればいいが…)
ビクニは2階へ駆け上がり、化学班に指示を出して、ユキの侵入を待つ。
屋外の兵士を、ゆっくりと後退させユキをロビーへ誘導させる。
(そう…それでいい、ユキを疲れさせるだけでいい…)
ロビーの自動ドアが開いて、ユキと夜叉丸が入ってきた。
「今よ」
ビクニに合図でドアが閉まる、同時にロビーに催眠ガスが放出される。
ガスマスクを付けたビクニを残し、全員が宿舎から退避していく。
数分後、白いガスが充満するロビーにビクニが降りる。
(静かね…効いたのかしら?)
ドアをリモコンで開けて、ガスを外へ排出させた。
徐々に晴れるロビーの隅でユキが倒れていた。
(効いた?)
小太刀を構えたまま、ビクニはユキに近づく…夜叉丸は丸くなってユキを庇うように眠っている。
ビクニが屈んで、ユキの顔を覗きこもうとした、その時
「甘いよ!!」
ビクニのガスマスクをユキの掌打が弾け飛ばした。
(だまし討ち…でもないようね…)
フラフラと立ち上がるユキ。
「まったく効いてないわけでもないようね…ユキ」
「僕の名をなぜ知っている…あ~そうか・・・ミコを追うついでに調べてたのか」
「ミコ? なんのこと?」
「とぼけるな!! お前等、全員、ミコと同じように喰ってやる…夜叉丸!!」
ムクッと起き上がる夜叉丸
(霊獣は質量を消してガスを避けたか…頭がいい…)
「賢しいわね…霊獣を温存するなんて」
「当然だろ、優先順序を考えればさ」
「ムカつくわ…変わらないわね、そういう考え方は!!」
ビクニが小太刀を振り上げる。
当然のように夜叉丸が割って入る。
獣の口がビクニの伸びた腕を食いちぎろうと大きく開き、ヌラッと光る牙が剥き出しになる。
(しまった!!)
一瞬、反応が遅れたビクニが目を閉じた。
「ギャンッ!!」
獣が声をあげて、吹っ飛んだ。
「待たせたね…まだ、この足に慣れないもんで…ね」
「恩は返す主義だ…とりあえず加勢します」
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