第57話 数敗(スウハイ)

「ユキをどうするつもり?」

 フラカンケンが『ミコト』に尋ねた。

「生まれ変わってもらうのじゃ…童の恋人として…」

「はっ?」

「解らぬか? 童の恋人として、その恋人を目の前で失う悲劇の主人公として…そして復讐鬼として…チープなシナリオじゃが、面白かろう?」

「アナタを失う?」

「そうじゃ…そのための妖魔を造ってもらうぞ、フラカンケン童を…襲い、喰らわせる…そんな印象深い妖魔を」

「喰らわせる…か」

「童は死なぬ…アレにはの…妖魔はARKが造りだした人造兵器だと信じ込ませるのじゃ、童はARKから狙われていて、ソレを護るのがアレの役目だとの」

「そのまま、恋愛感情を抱いた頃…」

「そう、童が目の前で妖魔に喰われる…そんなシナリオじゃ、面白かろうて…」

「戯れにヒロインを演じると、そんなところですか?」

「童も恋をしてみとうとの…まぁ、そんなところじゃ…」

(恋をしてみたい?)

 ケンフラカンは、その言葉が少し引っ掛かって聞こえた。

「頼んだぞ…派手な妖魔がいいの~アハハハ…」

 笑いながら『ミコト』は研究室を後にした。


 自らの死をシナリオに組み込める『ミコト』、演技ではないのだ。

 本当に喰われるというのに楽しそうに笑える、そんな化け物なのである。

 小柄な少女は、しばし化け物の顔に仮面を被る、愛くるしく、儚げな少女を演じることになるのである。


 草むらに放置された肉片がグジュグジュと音を立てて這いまわる。

 目の見えない生き物が、嗅覚で何かを探す様に互いを見つけてはビシャッとひとつになり、やがて人の形を成していく。

「『ミコト』様…御召し物を…」

 車から降りたスーツの男が、綺麗に畳まれた着物を差し出す。

「いいわ…今しばらくこのままで」

 裸のまま、草むらを歩く、まだ完全に生え揃わない髪は血でペタリと肌に張り付きヌラヌラと月明かりに照らされ、妖しく淫靡な光を放つ。

 どこか焦点の合わない瞳で辺りを見回し、大きく手を広げ、焼却処理されている夜叉丸が食い残した妖魔の残骸の中心に立つ。

 炎の中で一糸まとわぬ少女が嗤う。

「案外、面白かったわ…恋人ごっこも」


 ARKの正面で込み上げる怒りに震えながらユキが立っている。

「おい、オマエ、ココに何か用事か? ココの学生なら身分証を…朝倉くん?」

 警備員が驚き近づいてくる。

「夜叉丸…」

 小さく呟いたユキ、下を向いていた顔がARK宿舎に向けられ、歩き出した。

 閉じられた門の前に、大きな獣に引き裂かれたような爪痕を残した警備員の死体が転がっていた。

 夜叉丸の背に乗ったユキ、3mほどの門を軽々と飛び越え、中庭に降り立った。

「すべてを殺してやる…ココで暮らす誰もかも…1人も逃がさない!!」

 夜叉丸が大きく吠えた。


「なに?」

 巨大な霊圧でキリコが目を覚ました。

「なんだ…この霊力は…」

(ハンマーでぶん殴られたみてぇな霊圧だぜ…こりゃ…)

 カイトが飲みかけのコーラを放り出して、村雨を手に部屋を飛び出す。

「おい、キリコ!!」

 キリコの部屋の前で、中にいるであろうキリコを呼ぶ。

「解ってる!!」

 すぐにリボルバーを握ったキリコが部屋のドアを開け出てきた。

「この霊圧、只者じゃないわ」

「あぁ…こんな霊圧を放つような人間がいるのか…」

「ビクニは?」

「さぁな、まぁ、気づかねぇわけがねぇんだ、すでに下へ向かってるんじゃねぇか」

 2人は、すぐに動けずにいた。

 その霊圧に気圧され、下に行くのを躊躇っていたのだ。

 顔を見合わせて、どちらともなくエレベーターへ走り出した。


 中庭ではすでに、数人が切り裂かれ倒れていた。

 生きていられるはずもないほどズタズタにされて…

 死体を置き去るように、ゆっくりとロビーに向かって歩いて行くユキ。

 四方から銃弾が注がれるが不思議と掠めもしない。

 漆黒の獣が縦横無尽に宙を駈け、血飛沫を闇夜に舞い上げる。


 ロビーでは、タバコを吸いながら、ビクニが様子を見ている。

(まさかね…ユキを送り込むとは…ホント、我ながら悪趣味だわ)

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