第36話 感狂(カンキョウ)

「何にも解らないね」

 相良が資料に目を通す。

 わざわざ失踪先の田舎街まで足を運んで、珍しく聞き込みなんかもした。

 解ったことは、病院から腐敗臭を残して、患者が1人消えたということだけ…


 ついでに言えば、山の方へ逃げた、化け物の目撃証言と民間のヘリが墜落したという、一晩で起きるイベントが不自然に多い夜だったということだけだ。


「ヘリは…ARKのヘリ…医薬品を運んでいた最中に山中で墜落か」

 相良がジョリッと無精ひげを左手で撫でた。

「相良さん、この化け物って何なんでしょうね?」

「花田くん…キミは仮にも刑事だろ?都市伝説よりヘリの墜落の方に興味を向けてくれないかな?」

「事故ですよ…ただの」

「ただの事故? そうかな? ARKだよ…食品からミサイルまで取り扱う企業のヘリが落ちたんだぜ、多少、陰謀を感じない?」

「陰謀ですか? それなら化け物が逃げたほうが陰謀を感じさせませんか?」

「化け物って…なに? ARKで開発してた生物兵器が逃げ出して、追ってたヘリが落とされたみたいな」

「ソレですよ!! 相良さん」

「……泣きたいよ…俺は…」


 思わず自分の顔を右手で覆うようにパンッと叩く相良。

「どうします? ARKに行きますか?」

「はい?」

「事情聴取ですよ」

「ARKに? 門前払いだね」

「なんで?」

「ヘリの墜落は公に認めてんだぜ、隠してたならまだしもさ、認めた以上、それ以上の情報なんて出やしないよ…無関係で無いとしてもだ…」

「そういうものですか?」

「そういうものさ」

 駅前の『長寿案』ココに来て4日、すでに常連のように昼飯を食べている人。

 花田がカツ丼を綺麗に縦割りしながら食べている。

「キミは…毎日、カツ丼食べてないか?」

「蕎麦屋のカツ丼って美味しいですよね?」

「ココ蕎麦屋だったの?」

「違うんですか?」

「蕎麦屋って何処に書いてある?」

「えっ? 長寿庵って全国的に蕎麦屋の名前ですよね」

「いや…そうとは限らないだろ…むしろ違う場合の方が多くないか」

「アタシの近所の長寿庵は蕎麦屋ですよ、アタシ長寿庵ではカツ丼って決めてるんです」

「…あっそ…」

(なんで蕎麦屋なのにカツ丼って決めてるんだろ?)

 あえて聞くことをしなかった相良、その理由は決まっている。

 聞いても無駄だからだ。

「蕎麦屋ってカツ丼美味しいじゃないですか」

 絶対、そう言って話が振出しに戻るからである。

「う~ん」

 小さく唸りながら食べかけのカレーライスをカンカンとスプーンで突いている相良。

「花田くんさ…一度、署に戻って、京都の行方不明者…ここ5年くらいのさ、ちょっと、まとめてくれない?」

「いいですよ、なぜ京都限定なんです?」

「ん…まぁ…認めたくないけどさ、ARKとのね…気になるんだ」

「ほらっ…陰謀説に食いついてる」

 花田がニタッと笑う。

「陰謀説…というか…企業争いというかさ…まぁ、根っこは深くない気もするんだよ…コレさ」

 ピラッと、あの監視カメラの写真を懐から取り出す。

「ソレ…化け物の」

「化け物ねぇ~」

 どうもその呼び方に違和感を持っている相良。

 その違和感の正体というか根拠が自分でも解らない。

(化け物といえば…桜井 敦や朝倉 ユキの方が化け物じみてるよな…実際)

 相良は、『朝倉 ユキ』の目が忘れられない。

(旧家のボンボン…両親はARK勤務か…確か学校もARK財団の息が掛かってるんだよな…あるいは…隠した…か?)


 相良の頭の中で『朝倉 ユキ』はパズルの1ピースではなく、フレームのような存在だと思い始めていた。

(出来上がったパズルを飾る壁…それがARKだとしたら…いや、もしかして『桜井 敦』の件だって…)


 冷めたカレーを一気に食べて、タバコを咥える。

(考えすぎか…こだわり過ぎか…でも…な)


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