第30話 狼牙(ロウガ)

 ユキの禍々しい変化にキリコとカイトは気づいている。

 妖魔を足止めをしていながらも、後方のユキに気を取られていた。


(なんだありゃ…まるで人狼だ…)

 カイトがその姿の変化に恐怖を感じていた。

(妖魔なんかより、よほど恐ろしい妖気を放っているじゃない…)

 キリコの手が震える。


 ユキの霊気は、神化と呼ばれる霊獣憑依により妖気と変わっていた。

 言うなれば、ユキは妖魔に近しい存在になっている。

「あれが雌型メス本来の姿とも言えるわね」

 ビクニは、勝負が見えたと言わんばかりに、タバコを咥えた。

「メス型本来って…」

 ケンが聞き返す。

「霊獣は雌型のコアを宿した巫女達の怨念とも呼べる思念体…」


 霊力の高い巫女にメス型のコアを宿す…その子供にコアを移すだけでなく、思念を残すために子供を取り上げ、母親としての情を怨念に変え、子供に憑りつかせる。

 それを何世代も繰り返し、怨念を犬神に喰わせた…それが白虎。

「犬神…怨念を怨霊に喰わせた…」

「そう言ってもいいわ、陰陽師の秘術とも禁呪とも呼べる禁忌の業」

「なぜ…ユキに?」

「ん…彼の母親も白虎を宿し…喰われたから…よ」

 ビクニの言葉が途切れ途切れになったわけ、ユキの神化が終わり、その赤い瞳が妖魔を捉えていたからだ。


「ガルッ…」

 小さく吠えたユキがバンッと地面を蹴って妖魔に襲い掛かる。

「なっ…早い!!」

 カイトが言い終わる前に一足飛びで妖魔にその爪を振り上げ、甲羅を引き裂いた。

(動けなかった…)

 脇をすり抜けたはずのキリコがユキを捉えたのは、後ろ姿のみ…

「カイト、キリコ、退きなさい…邪魔になるわ」

 ビクニの声が砂浜に響く。

「ちっ…」

 舌打ちしながらカイトが村雨を鞘に納める。

 カイトが妖魔から距離を取る頃には、妖魔はズタズタに引き裂かれていた。


「なんじゃありゃ?」

 カイトが痛めた腕の擦りながらビクニに尋ねた。

「見た通りよ、ユキが夜叉丸を纏った姿、妖気の鎧と思ってもいいわ」

「鎧?」

「そう…纏うだけじゃないけど…今のユキに理性はないわ、どちらかというと夜叉丸の本能とユキの衝動だけで暴れる獣化だけど…まだユキには、夜叉丸…白虎を自分に摂り込むことはできないわ」

「うぇ…」

 キリコが砂浜で口を押さえた。

 神化したユキは妖魔を食いだしていた。

 ゴキッ…バリンッ…

 牙で甲羅を砕く音が波の音を打ち消す様に響く…

「人狼…ってやつか?」

 カイトがキリコの背を擦りながらビクニに尋ねる。

「まぁビジュアル的にはソレに近いわ、ただアレは…心と身体が裏返ったとでも言うべきなんでしょうね」


 ユキの中にある、本能に呼応する霊獣『白虎』ソレはユキの精神を体現した姿でもある。

『使役』とは即ち、自らの本能を制御すること、具現化した霊獣を自在に使える陰陽師は数いたが、ソレを纏えた者は、ごくわずか…

 纏うとは表現であり、本来は飛び出した本能を己に戻し、妖気を持って妖戒を滅するための禁忌の業。

 その身に本能を纏いつつ、それを御する理性が必要な業、到底、子供ができるような芸当ではない。

 纏うだけでも、相当な霊力を持ち、且つ妖気に変化する己の妖魔化を抑えるだけの理性が必要となるからだ。

「つまり…今、ユキは…」

 ケンが唾を飲みこむ。

「そう…妖魔化しつつある」

 ビクニが吸い終わったタバコを砂浜に投げ捨てた。

「ヤバイんじゃないのか?」

 カイトがビクニを見る。

「えぇ…あのまま、妖魔を喰らい続けていれば、いずれユキは妖魔化する…それも、桁違いの妖気を纏う、妖魔…ハイパー妖魔とか…真・妖魔とか…そんな感じ…」

「呼び方はどうでもいいわ…うぇ…ユキは戻れるの?」

 吐き気を堪えて、キリコがビクニに尋ねた。

「戻れなかったら…次の相手は、あの子ユキよ」

 ビクニが2本目のタバコに火を点けた。


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