第28話 秘雨(ヒサメ)

(寒い…)

 ユキは思わずブルッと身震いした。

「いくぜ!! 村雨!!」

 カイトが妖魔に向かって砂浜を駆けだす。

「居合じゃないのね、鼻っから抜いていくなんて…あの子、よっぽど斬ってみたいんだわ、フフフ」

 ビクニが薄く笑う。

(あの子?)

 ユキはビクニの言葉に違和感を覚えた。

 年齢はそんなに差があるとは思えない。

(あの子って…言ったよな…)


「ユキ!! ボーッとしてないで夜叉丸を、いつでもいけるようにしておきなさい」

 ビクニがユキを怒鳴る。

「でも、ビクニさん…相手が完全に妖魔化しているなら…その手遅れなんじゃないですか?」

「解ってないようね…だからいいんでしょ、練習なんだから」

 ビクニが呆れたように大きなため息をついた。

「練習…ですか…」

「そうよ、他に何があるの?」

 意外そうな顔でユキを見ているビクニ

(なんなんだ…練習だって?)

「失敗しても、何も失うモノはないし…リラックスしてやりなさい」

(リラックス…相手は人間だったんだぞ…)

 ユキは思わずビクニを睨むように見てしまった…が、すぐに目を逸らした。

 ビクニの目は、恐ろしく冷たい光を放っていたからだ。


 ビクニにとって、妖魔化した人間はすでにヒトとして認識できないのだろう。

 彼女にとって、妖魔は駆除すべき対象であり、そのために捕獲し、解剖し、サンプルとして…もはや研究対象に過ぎないのだ。

 人間がカエルを、解剖の対象にするように…

 そこに対した意味などない。


 僕達だってカエルを解剖して…何を得るのだろう?


「夜叉丸!!」

 ユキが夜叉丸を具現化する。

 ズシャッ…砂浜に獣の足跡、姿を現した霊獣『白虎』の幼体。

 まだ半覚醒状態とはいえ、その巨獣の姿は王者たる風格を充分に醸し出している。

 月明かりに輝く白銀の毛並みは美しく、赤い瞳は威圧的に燃える様に輝く。


「これが…霊獣…」

 キリコが思わず、夜叉丸の美しくも恐ろしい姿に息をのむ。

 クワッ…夜叉丸が口を大きく開けた。

「ダメだ…喰うな!!」

 ユキが夜叉丸を制止する。

 夜叉丸の瞳がユキを見る。

「悩んでいる…のか?」

 ケンにとって夜叉丸は興味の対象であるらしい。

 妖魔やデカンより、四聖獣『白虎』のほうが、よほど観察対象として面白いのだ。

「迷っているのよ…」

 ビクニがケンの言葉を訂正する。

「迷う?」

「そうよ、主…というか別身わけみとでもいう存在のユキ、彼の心に矛盾がある限り、夜叉丸は制御できないわ」

「なにを迷う?」

「ユキは…妖魔を食いたがっている、その本能を夜叉丸は感じとっているの」

「だから制止するユキの言葉に迷う…」


 砂浜の向こうでは、妖魔とカイトが戦っている。

「クソッ…硬い…」

 カニの甲羅のように硬い甲殻に覆われた妖魔には、なかなか刃が突き刺せない。

 斬っても甲羅は、すぐに修復されるようで、斬撃では、らちが明かない。

「村雨…こんなもんじゃねぇだろ!!」

 カイトは村雨を持て余している。

(なんで…こんなに重いんだ…)

 村雨は一振りごとに重さを増す様に感じる。

「ちっ…これじゃ、波遊ぎ兼光なみおよぎかねみつのほうがマシじゃねぇかよ」

 カイトが以前、使用していた名刀である。

 斬られた者が川へ逃げ、しばらく泳いだ後、首が落ちたと言われるほどの切れ味を誇る刀。

 ARKが所有していたものをカイトに譲渡したのだが、村雨と引き換えに返したのだ。

「ダメだ…」

 村雨の刃先が砂浜に埋まる。

「持ち上げられねぇ…」

 カイトの側頭部に妖魔の甲羅に覆われた拳が打ち下ろされた。

 ゴドッ…鈍い音がして、カイトが砂浜に沈む。

「あっ!! 負けた…」

 ケンが意外だと言った声で呟く。

「村雨を持ってアレじゃね…前より弱くなったんじゃない?」

 キリコがリボルバーを抜いて言葉を続けた。

「次はアタシの番よね…」

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