第27話 瓶楼(ビンロウ)

「細胞は生きている」

 キリコがボソリとビクニの言葉を自分に言い聞かせるように呟いた。

「あの細胞を維持していくには大変なんでしょうね」

「そのための、あのクソ甘いハイカロリー食ですか?」

 ユキがビクニに尋ねた。

「長時間稼働タイプのメスキータ魚座ですら、アレだから…ヴァリニャーノ射手座を想像すると憐れにも思えるわね」

「長時間稼働タイプ?」

 ユキがビクニに聞き返す。

「そう、デカンには、その性質に合わせて役割があるの」

メスキータ魚座は?」

「諜報、あるいは暗殺を主にしたデカンと、我々は考えていたし、鹵獲してみれば…まぁ間違いないわね」

「ヴァリニャーノ…アイツは?」

「……戦闘特化型、おそらくは対妖魔、いえ我々も含めて駆逐するためのデカン…そして…おそらくわ、デカンを駆逐するためのデカン…」

「えっ?」

「最後のデカン…それがサジタリアス射手座…その異形は

 まさにデカンの象徴ね、妖魔はその姿を自らの望むように変化させる、デカンは違う、人に他の生物を合成させるの、そういう意味ではサジタリアス射手座は、最も人離れして、最も大胆な合成を施されたデカンよ」

「大雑把なだけだろ?」

 カイトが口を挟む。

「そうね…大雑把な合成が可能なほどにNOAの技術は完成されているとも言えるわね」

「魚は丁寧に造られたってことか?」

「丁寧…これは想像だけど、彼という完成体に行き着くまでに、何人の犠牲があったのか…考えただけで恐ろしくもあるわ」

「たまたま上手くいったってことですか?」

 ユキがビクニに尋ねる。

「上手くいった…違うわね、確率を引き上げるために分母を大きくしたのよ」

「数撃てば当たる…」

「それが正しいでしょうね」

「誰かの無駄撃ちみたいだね」

 ケンがキリコの方を見る。

「リボルバーの試し撃ちの的になりてぇのか?」

「当たるのかよ」

「オマエが的なら当てて見せるよ」

 キリコの目じりがヒクヒクと動いていた。


 結局、デカンについて解ったことは、人に妖魔遺伝子を接着剤代わりに使って別の生物の特色を無理やり持たせた生物兵器ってことくらい…その証明が出来た。


(きっと、ARKは妖魔遺伝子の研究を飛躍的に進めるのだろう…行き着く先は…ARKは過去に捕獲した妖魔をどうしていたのだろう?)

 ユキは、ビクニの話を聞いて、ますます何かを見失ったような気がしていた。


 4日後、新しい装備を携えて妖魔を捕獲するためにユキ達はF県にいた。

「よう、ユキ、その太刀抜いてみろよ」

「バカ言わないの、その太刀はむやみに抜かないことね…味方も巻き込みかねないんだから」

 ビクニがカイトを睨む。

「大体、妖魔相手なら、私達の装備ですら過ぎた代物なのよ」

 キリコがリボルバーを眺めながら自分に言い聞かす様にカイトに話す。

「オマエだって撃ってはみたいだろ?」

 カイトの言葉に、ケンがギョッとして、そっとキリコの顔を見る。

 キリコはジロッとケンを睨んでいた。

 慌てて目を逸らすケン。


「おしゃべりはそこまでよ…」

 ビクニが指さした先、月明かりしかない薄暗い砂浜で2mほどの巨体、そのシルエット…明らかに人ではない。

「ビクニ…試し切りと行きたいんだが?」

 カイトが腰の村雨を指でコンッと弾いた。

「いいわ…ユキ、あなたは夜叉丸を制御しながらコアを探り当てなさい、あの様子じゃ完全に妖魔化しているわ…」


 シルエットがコチラに気づいた。

 大きな緑の目が鈍く光っている。

「気づいたな…いくぜ」

 カイトが村雨の柄に手をかける。

 シャンッ…涼やかな音がして、村雨の刀身が外気に触れる。

(なんだ…)

 ユキは自分の目を疑った。

 濡れたような刀身は月明かりに反射して青白く光り、辺りの気温が少し下がったような気がした。

(あれが…妖刀村雨か…)


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