第24話 異不(イフ)

 深夜の遺跡

『テオティワカン』

 観光地と化した旧文明の成れの果て…


「ココにナニカが居たんだよ…信じられるかい?」

 ヴァリニャーノ射手座が闇に話しかける。

「さあな…宇宙人なんて信じてないんだ俺は」

 ヌッと姿を現したミゲル牡牛座

「そうなんだ? 僕達も似たようなものだと思うけど」

「俺は宇宙から来たわけじゃない」

「クククッ…僕だってそうだよ、孤児院育ちだしね…キミもだろ」

「……忘れたな」

「ん? そうだね、僕達の誕生日は、あの培養液から出た日だからね」

「貴様はその日を覚えているのか?」

「まさか…」

「そうだろうな…でも今日という日は覚えておけ…オマエの命日だ!!」

 ミゲル牡牛座がスーツの内ポケットから取り出した注射器を自分の喉に突き刺した。

(マンショ牡羊座…感謝するよ…)

 一気に液体を押し込む。

 ミゲル牡牛座の身体が震え、目から血が流れる。

 鼻から…耳から…血を流しながら、ミゲル牡牛座の姿が変貌していく…


 膨れ上がった筋肉がワイシャツを…スーツを所々引き裂いていく。

 その姿…慟哭。

 赤い涙を流し泣いているようにも見える。

 月に照らされ咆哮する狂牛。

 側頭部には牛とは思えぬほどに飛び出した角が生え変貌を遂げた異形。

「うぉぅおおおおーーーーー!!!!!」

(月明かりの元に1匹の狂牛…その咆哮に赤い涙か…美しくも…悲しくも感じるのはなぜだろう?)

 ヴァリニャーノ射手座が灌漑に更けるように遠い目でミゲル牡牛座を見つめる。

 目の前の異形、理性は残っていないだろう暴走の狂牛。

(マンショ牡羊座形見想いか…)

 歪んだ想い。

『愛』と呼ぶにはいびつ…『友』とは異なり、仲間と云うには拙い。

 それでもミゲル牡牛座の咆哮に、その赤い涙に、ヴァリニャーノ射手座マンショ牡羊座の想いを視ていた。


「その想いごと…送ってやるよ」

 ヴァリヤーノがニヤッと笑う。


 遺跡を前に、狂牛と人馬が対峙する。

 馬のひづめが牛の角を捉える。

 ゴグン…

 鈍い音が闇夜の空気をズンッと揺らす。

 狂牛は首を振り人馬を空に投げ飛ばし、その視線を宙に向け吠える。

 強風に舞う紙屑のように制御の効かない体勢のまま地に落とされる人馬。

「ぐぅっ…」

 思わず衝撃に苦痛の声が漏れる。

 起き上がる前に狂牛が振り上げた腕が体重を乗せて人馬の胸に振り下ろされると、再び

「グェッ…」

 と肺から空気が漏れるような声をあげる人馬。

(簡単にあしらえるような想いじゃないな…やっぱり…)


「重いな~……想いって…」


 ヨロッと立ち上がり、下を向いたまま呟く人馬。

 前屈みの姿勢を戻せぬうちに狂牛の丸太のような足が腹部を捉え、再び宙へ蹴り上げる。


(2度は…無いよ)

 人馬が宙で体を整え、その足に力を込める。

 下で角を突きだし、待ち構える狂牛。

 人馬の馬脚は、角の先端に狙いを定める。

「へし折ってやる、その自慢の角を」


 落下、すれ違いの刹那

 ゴギンッ!!

 角と蹄が交差し角がズシンと地面に落ちた。

「終わらないよ」

 着地、その瞬間に人馬は身を返し、左足で後ろ回し蹴りを狂牛の額に叩きこむ。

 その馬脚は止まらない。

 額を踏み台にクルッと宙に還り、右足の踵が狂牛の肩にめり込む。

 人馬が地面に両足をつけたときには、狂牛は両手を地につけていた。


「まだだよ」


 人馬が両手をポケットに突っこんだまま右足が狂牛の顔面を蹴りあげる。

 その巨体が仰け反り、人馬の振り上げた足が、そのまま狂牛の顔面に戻ってくる。

 ズシャッ

 狂牛の顔が地面に落ち、その頭を埋め込むようにゴンゴンと人馬の足が狂牛の光都部を踏みつける。

「まだだ…まだ…まだ…まだまだ!!」

 狂ったように狂牛の頭を踏みつけ、自身の身体のダメージも含め、息が乱れていく。


 狂牛の身体がビクンッと大きく震え…

「最後の…デカン…オマエの…オマエごときの…俺は…マンショ牡羊座は…捨て駒じゃ…な…い…」

 グタリと肉の塊となって地に捨て置かれた。

 殺した…

 数分間の覚醒の代償は…やはり命だった、正気を戻したミゲル牡牛座の最後の言葉


「そういうことね…だけど…僕は…ね」

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