第10話 海人(カイジン)

 距離が縮まらないまま終わった顔合わせの食事会から1週間足らず、僕は夏休みに入り、修行という名目で無人島に軟禁されていた。

 もちろんチームの連中も一緒にだ。

 最も、修行が義務付けられたのは僕だけで他の連中はバカンス気分で無人島での夏を満喫していた。

 封魔の修行なんて封じる対象もいないのに何をするかと思えば、ひたすら座禅と基礎体術の向上だけで体術はビクニとカイトが交代で指導してくれる。

 が…それがキツイ。

 逃げ出したくても360°海しか視えないこの無人島、ここが日本なのかすら解らない。

 ケンがパソコンをカチャカチャやっているところを見ると、ネット環境はあるようだが、それが時々信じられなくなるほどの大自然の中に僕はいる。

 まぁ真新しいホテルはあるのだ、なんらかの目的で管理、使用されている、あるいはするつもりがあるわけだ。

 まさか僕のために造ったわけではないだろう。

 それが証拠に、僕は…僕だけは野宿を強いられている。

 島に着いて3日の夜、生傷の痛みなど感じないほどに身体中の筋肉と筋が強張り鈍痛が鼓動に合わせて流れている。

 産まれてから、こんな場所が痛むなんて考えもしなかった足の指先、甲、裏、その鈍痛で眠ることすらできない。

(加減ってものを知らないのかよ…あの2人は…)


 月が綺麗な夜だった、静かな…静かな夜だった。


 ゴポンッ…

 海面に泡が立ち、姿を現した小柄な男。

 海からあがった男はガパッと深呼吸するように大きく口を開け空気を摂り込んだ。

「やっぱりエラより肺だよな…空気が美味い、あ~そうか味覚があるんだものな、口からの方が美味いはずだよな、そりゃそうだよ決まってるさ」

 ボソボソと呟いた後に独り静かにクスクスと小男は笑った。

 砂浜をペタペタと裸足で歩くウェットスーツの小男は草むらに姿を消した。


 翌朝、テントに日が差す時間、カイトがやってきた。

「いつまで寝てんだ、何にも出来ネェ分際で、誰よりも寝てるって…申し訳ないって気持ちにならないのかねェ~」

「いや…すいません」

「言われてんだろ、術師ってのは集中や詠唱の時には、在り得ねェ程無防備なんだよ、それを護るのが俺達の役目なんだが、だからっていって、護身もロクに出来ねェなんてのは無しだぜ…現場まではテメェのアンヨで歩くんだからよ、護衛は子守りじゃねえんだからな」

「はい」

 カイトという男は、本当に口が悪いうえに、よく喋る。

 例えるなら、ビクニは口数が少ないが心の急所を狙ってくるスナイパー、カイトは銃弾を浴びせ倒してくるマシンガンのようだ。


「じゃ、ボーッとしてねぇで、行くぞ!!」

「ウワッ!!」

 真剣を突き出された僕は後方に仰け反ったままひっくり返った。

「ったく…こんなんで実戦に投入できんのかね?」

 肩にトンッと日本刀を置いて呆れているカイト、身長差も手伝って、本当に見下されているようで腹が立つ。


 カイトには刃物の扱いを主に教わっている。

 当然、ソレからの身の護り方もだ。

 最も、攻撃8の防御2といった割合だが…これはカイトの性格なのだろう。


 粗々しい性格の割に構えや所作は静かで素人の僕が見ても綺麗な動き方をする。

 長い手足が無駄なく動いている感じだ。

 ビクニは逆だ。

 整った綺麗な顔からは、想像できない猛るような荒々しさで小太刀を叩きつけてくる。


 どちらが?ということはなく、気を抜けば致命傷は免れない。

「どうした小僧!! 手足を捥がれてェか!!」


 カイトの日本刀が肌を掠める度にゾクッと寒気が走る。


 ゴゥン!! ズズズウゥン…

 重い爆発音、その後で空気が震えるような崩壊音。

「なんだァ?」

 カイトがホテルの方を振り返る。

 黒い煙がホテルから立ち上る。


「ビクニが…やらかしたわけじゃねェよな…」

 カイトの表情は言葉と裏腹に緊迫した空気を感じたようだった。

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