第7話 犬葬(ケンソウ)

 寝た気がしない…

 そんな目醒めだった。

 終業式を目前に控えた夏の月曜日、テストの初日でもあり、昨夜の事もあり、僕は憂鬱だった。

 正直に言えば、テストの結果なんて僕には関係ないことだ。

 どうせ選べる職業みらいなんてないのだから…選択の余地などない僕は此処で飼われるしかない…表向きの大財閥、それを裏で支える闇の部門、そこが僕の居場所で行き着いてしまった場所…人殺しの飼われ犬。


(なんなんだよ…この力のせい? 産まれた家のせい?)

 白紙のままの答案用紙を右手でグシャッと握り潰して立ち上がった。

「朝倉!!」

 担任が驚いて声を荒げる。

 クラスメイトがざわつく中、無言のまま後ろのドアから教室を出た。

「朝倉!!戻れ!! 戻らんか!!」

 厳つい中年の担任が吠えていた。

 時代遅れの暴力教師。

 怖くもなんともない…その気になれば…いつでも殺せる…

 後ろ手にドアを閉める時にチラッと担任を睨んで、それで終わりだ。

 転校も退学も無い…いっそさせてくれれば、ありがたいというものだ。

 この大財閥から逃げられる場所がこの地球上にあるのなら…

 埋め込まれたチップで居場所どころか体調まで24時間監視されている。

 この地球の外には無数の衛星が回っている…それが全て合法の元であるわけがないのだ…。


 どうせ今だって…僕が教室を出たことを知っている。

 1歩校外に出れば、すぐに監視が手配される。


 何をしても自由、どこに行っても自由、広大な庭を与えられた飼われ犬。

 空に向かって中指を立てて、僕は学校を出た。


 現金は持たされていない。

 与えられたスマホで買い物は済ます、もちろん管理するためだ。

 それ以外に与えられるものはない…


 そういえば…今朝は、珍しくビクニから間食だと携帯食を渡された。

 海沿いの公園でブランコに座って

 何でも製薬部門からの試食品トライアルだということらしい。

 カロリーメイトみたいなスティック状の携帯食、ゴリッとした食感…

(なんか…やたらと甘い……こりゃ売れないわ)


 食べかけを、野良犬に与えて公園から街に戻った。


「どうしますか?」

「ただの高カロリー食という報告だけど…念のため、その犬は処分して頂戴」

「了解…ビクニ様」


 ユキが公園を出て数分後…公園から、あの野良犬が消えた…。


 1万人の病人を救うために、何万の命がこの地球ほしから消える…

 それがこの世界の真実だと、僕はまだ知らなかった。

 僕が関われば…それを少しだけ加速させる。


「くそみたいな世界だろ?」

 人ごみで、すれ違った背の高い男

「ヴァリニャーノ…」

 まばらに他人が交差するアーケードで背を向けたまま会話する。

「美味かったか?」

「……そういうことか…味覚音痴だな」

「ククク…そういうなよ、あれが主食なんだぜ俺達のな」

12徒デカンは味覚音痴の集団か?」

「そんなもんねェンだよ…あるのは空腹だけだ…永遠に満たされねェ飢えだけだ」

「馬の足は無駄飯喰らいか」

「そうならネェように、オマエを生け捕れってさ」

 ニタリと笑うヴァリニャーノ。

「大変だな、上司の命令か?」

「苦労するよな、お互いに無茶な上司で」

「妖魔かき集めて標本作ってるだけなら気が楽だったのにな」

「ククク…そうだな、コア抜き取るよりは楽だな…抜き取れればな…」

「なに?」

「抜き取れねェ、オマエに言われたくねぇってことだよ」

 振り返るとヴァリニャーノは右手を上げて遠くなっていた。

(一瞬でアレだ…馬は早いな…)


 夜叉丸の射程圏内から一瞬で離れる脚力

(アレで蹴られたら粉砕骨折どころか、内臓が背中から飛び出しかねない…)

「化け物が…」


 教師なんて怖くない。

 僕の周りには恐い者こわいものが…強い者こわいものがゴロゴロしてるんだから…。

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