第6話 異人(イジン)
「ユキ…夜叉丸を放ちなさい」
「えっ?」
「向こうは私達に気付いているわ、ある程度動きを止めないと封じることも出来ないわ」
「はい」
ユキは意識を集中して夜叉丸を草むらに解き放つ。
「上手に手足の自由を奪うのよ」
バカにするようなビクニの言葉にイラッとするユキ。
仮にコアを抜き取れても身体の欠損は戻せないのだ。
五体満足で社会に戻すことは難しい。
どうやら僕にはコアを抜き出す能力というものがあるらしい。
らしいというのは?
残念ながら一度も成功したことがないからだ。
夜叉丸で動きを止め、その間に除法でコアを抜き取る…夜叉丸は、そのための力なのだとビクニに言われた。
「教えて上げたくても、私には、そんな力はないから…自分で覚えるしかないわ」
無責任な教育係だと思った。
夜叉丸に意識を飛ばす様にイメージする…
夜叉丸の嗅覚がコアの位置を探る…
「慎重にね、コアは覚醒すると生殖器から脳へ移動していく…その過程で宿主の身体を変異させていく…今どこに巣食っているのか、私達には解らないわ、霊獣の嗅覚はコアを探り当てる唯一の方法…霊獣と意識を一体化させなければコアだけを抜き取れないの、解ってるわね?」
(ゴチャゴチャうるさい…)
集中できないことを散々聞かせられたビクニの言葉のせいにしている。
よく解っている…言い訳だと…。
変異しかけているだけの人間など抑えることは難しくない。
まだ自我が残っているし、身体能力も桁外れに向上しているなんてこともない。
むしろ急激な変異で満足に動けないのが普通だ。
困るのは、その本能。
とかく変異するには大量のエネルギーを必要とするようだ、急激な新陳代謝を繰り返すためにカロリーの摂取が不可欠になる。
その栄養源は…人間だ。
貪り食うという表現がピッタリだろう。
何度か目撃したが、喰っている最中は、およそ自我が残っているとは思えない。
泣きながら喰う…このまま変異を完了させてはいけない、ハッキリとそう思える光景だった。
喰い続け…また生殖によって新たな身体にコアを植え付け、その身体を捨てる。
全ての遺伝情報をコピーして変異を繰り返す。
元々は寄生虫のような生物だったのだろうと研究所の職員は推測しているようだ。
いつしか知恵を得て、たまたま開いたコチラの世界に移住してきただけの異邦人。
招いたのは人間だ。
(ダメだ…集中できない)
夜叉丸の四肢が徐々に抑えつける力を強めている。
今にも噛み殺しそうな牙を剥きだしている。
(抑えきれない?)
一瞬の気の揺らぎが夜叉丸を解き放った。
ブシャッ…
草むらに引き千切られた人間の手足が転がった。
「失敗ね…」
ビクニが溜息を漏らした。
「撤収するわよ…」
息絶えた死体は処理班に引き継ぐ、そう僕が失敗すれば処理班が回収後、強力な電磁波を発生させる機器で肉片を灰になるまで浴びせ続ける。
回収班、処理班、の仕事に回されるわけだ。
僕達は本来、捕獲班なのだ…裏では駆除班と揶揄されてはいるが…。
ビクニは涼しい顔のままタバコを吹かしながら現場を離れる。
僕は少し後ろを付いていく。
数台の車とすれ違う、現場近くで待機していた回収班だ。
一台のRVが停車して待っていた。
無言のまま研究所へ戻り、部屋に入るなり壁を思い切り蹴り上げた。
(クソッ!!)
別に助けられなかったことを悔やんだわけではない。
ただ失敗が…いやビクニの態度が気にいらないだけだ。
責めるわけでも、まして慰めるわけでもない。
失敗と言う結果だけ見て仕事は終わったと割り切ったような淡々とした態度が癇に障る。
(戦うだけなら気楽でいいよな…実際…)
ビクニは自室で銀色の袋を眺めていた。
ヴァリニャーノが落とした袋、ビリッと破ると中身はスティック状の携帯食のようだ。
(明日、あの子に食べさせてみよう)
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