第5話 馬脚(バキャク)

 立ち止まったビクニがスッと姿勢を整える。

 構えるわけではないが、凛とした立ち姿からは隙の無さが伺える。

 あくまで自然体でありながら容易に仕掛けらないピリッとした空気が周囲に張り巡らされたようだ、気の結界とも言うべきだろうか。


 ユキの少し前で立ち止まるビクニ、ユキですら容易に近づけないほどの殺気。

 もう1歩前に踏み出せば、即座に攻撃されそうな結界。


 前の草むらからヌッと姿を現れたスーツの男。

(…妖魔?…違う!!)

「ヴァリニャーノか…」

 ビクニが確認するように呟く。

「2度目まして、ビクニ…とユキくんだったよね?」

 細身で長身、太めのパンツを履いているが細身のシルエットが崩れていないのは足の長さによるものだ。

(あの馬男か…)

「山登りを楽しみに来ているわけじゃないわよね?」

 ビクニが軽口を叩く。

「ハハハッもちろん、このスーツじゃね、登山にはちょっと向いてないでしょ」

「一応聞くわ…何しに?」

「う~ん…キミと一緒じゃないかな?」

(キミ?…僕は戦力外ってことか…)

 ユキの心がチリッとざわめく。

「そうね、ワタシも夜に登山の趣味は無いわ…」

「キャンプにしては軽装だよね、お互いにさ!!」

 ヴァリニャーノがバンッと地面を蹴り宙を舞う、その高さは5mを超えている。

(一瞬でアレかよ!!)

「死ね!!」

 ヴァリニャーノの右手、いつの間にか握られた拳銃が連射される。

 タンッタンッタンッ…

 等間隔、素早い発砲音が冷えた空気を切り裂き響く。

 ヴァリニャーノはユキなどまったく眼中にない、ただビクニのみを狙っている。

 素早く横に飛び退くビクニ。

「下がってなさい!!」

 ビクニがユキに叫ぶ。

(下れだと…僕だってやれる!!)

「夜叉丸!!」

 ユキの背後から白い獣が飛び出す。

 着地を狙うようにヴァリニャーノへ襲い掛かる。

「犬っころがー!!」

 一瞬地に付いた足がヒュンッと跳ねあがり夜叉丸のアゴを蹴りあげる。

 夜叉丸が後方へ回転するように転がった。

「さすがの馬脚ね」

 ビクニの言葉にヴァリニャーノが答える。

「お褒めに与れて光栄だよ、自慢の足でね」

 パンツの裾をめくるヴァリニャーノの足は茶色い馬の足。

「12使がひとつ人馬のヴァリニャーノ、あらためてお見知りおきを…ココで死ななければ…だけどね」

「化け物が…」

 ユキが呟く

「化け物? 躾の悪い犬を飼っているキミに言われたくないよ」

「人口の化け物と生まれつきの変わり者で争わないでくれる? ワタシが相手してあげるから」

 ビクニが口を挟み、両手に構えたナイフがヴァリニャーノを捉えた。

 飛び退き構え直すヴァリニャーノ

「酷いな…安くないんだぜ特注のスーツ」

「また仕立ててもらいなさいな、蹄鉄士にでもね」

 間髪入れずビクニがヴァリニャーノを追う。

 拳銃でナイフを裁くヴァリニャーノ、少しずつ後方へ押されていく。

(クッ…不死のババアは恐れが無いか…)

 ヴァリニャーノの蹴りも銃弾もビクニにヒットしていないわけではない、傷口が瞬時に治癒していくのだ、当然ビクニの攻撃もヴァリニャーノを捉えている、結果ヴァリニャーノを押していくのだ。

「クソがーーーー!!」

 丁寧な言葉遣いのヴァリニャーノの顔に余裕が消えた。

 後ろに大きく跳ね上がり、懐から閃光弾を投げつけ消えた。

「待て!! 逃がすか」

「止めなさい!!」

 視力もおぼつかないまま、ヴァリニャーノを追おうとするユキをビクニが制した。

「目的はなに?」

「……妖魔を封じること…です」

「ヴァリニャーノより早く妖魔と接触する、それが最優先」

「はい」


 ふたたび歩き出して20分ほど…

 ガサッ…

 前方の背の高い草むらが揺れた。

「いるわ…」

 ユキが唾を飲みこんだ。

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