トウタスと大賢者テムジン

 ビシャモン天の名を聴いた瞬間、オレは、過去の記憶がフラッシュバックした。

 

 オレは、俯瞰で見ている。幽体離脱ってヤツか?

 

 アフロヘアの男が、手術台に俯せ状態で載せられている。

 

 これは、オレじゃねえか!

 

 この光景、知ってるぞ。たしかオレは、ここで刺青を入れてもらったんだ。その時の様子は、何も覚えていないが。

 刺青を彫ってる間、オレは眠り込んでいたっけ。飲み物に一服盛られて。

 入れ墨を彫るとき、麻酔を使えないからだろうと、勝手に解釈していた。


 二人の女が、オレの背中を見つめている。何か話し合いながら。


「コイツがさっき話した、樺島かばしま 尊毘とうたす。入れ墨の彫り甲斐があるガタイしてるっしょ?」


 ショートカットのメガネの方は、オレの姐さんだ。

 ビシャモン天の刺青をデザインした人。

 年中ノーブラタンクトップに短パンというルックである。


「尊毘というのか。音読みにすれば、『ゾンビ』になるな」


 もう一人の方は、髪の長い女だ。

 病的なまでに細い。本当に病気なのか、途中で何度も咳き込んだ。手に入れ墨を彫る道具を持っている。彼女が彫り師か。


 麻酔を使用して入れ墨を彫ると、身体への負担が重いからだ。


 だが、姐さんの様子だと、自分たちの会話をオレに聞いて欲しくなかった、というのが本音だろう。


「彫るのは、ビシャモン天でいいのだな。これを彫れば、彼はヤク……となる。向こうへ行っても、人間ではいられないだろう」


 彫り師の女性が言うと、姐さんは缶ビール片手に彼女の肩を叩く。

「いいって。ヤクザもヤク……も似たようなもんっしょ」



 頭がぼんやりしていて、よく聞き取れない。



「私は、もう長くない。誰かが引き継いでくれればと思っていた。彼を連れてきたことには礼をいう。しかし」


 細身の彫り師は、口ごもる。


「彼の家族を殺したのは、私だ。この世界に来た時、居合わせていた車を潰してしまった」


「木が倒れたことになってるやつね。でも、リ・ッキとか言うヤツを追い払うためだったんでしょ? 悪いと思っているなら、あんたの使命を果たしな」


 おちゃらけていた雰囲気がスッと消え、姐さんの顔にシリアスさが滲む。


「尊毘は、自分の意思でビシャモン天を彫ってくれって頼んできた。これは、運命だったんだ。


 そう言って、姐さんは彫り師の肩を叩く。


「大丈夫。尊毘は強いもん。どんな試練も乗り越えるって」


 そう言いながら、姐さんはオレの背中をペチペチと叩く。

 元のお気楽さを取り戻して。



「じゃあ、やっちゃって。テムジン」



 ハッキリと、聞き取れた。



 テムジン!



 そうか、オレに入れ墨を彫ったのは、大賢者テムジンだったんだ。


 妹が死んだのも、テムジンの。


 なのに、テムジンの努力も空しく、オレは、負けようとしていた。テムジンの期待に応えられず。


 せっかく生き返ったのに。


 タマミだって、こっちで頑張って生きていた。


 オレは、何もできないのか? もう、これ以上。

 

 過去の記憶が消えて、オレはまたビシャモン天の前に戻ってきた。


「ビシャモン天! どうして、オレの前に?」


『旧友サティからの呼びかけにより、参上した』


 それはありがたい。だけど、今のオレは身体を動かすことすらできない。今度こそ死んだ。


『立てい。まだ何も終わっておらぬ』


「何が終わっていないんだ?」


『死に直面したことによって、「ジンギ 剛毅ビシャモン」のレベルが、アップグレードされた。我が力をもう少しだけ強めに発動することができる』


 もっと強くなれるのか。


『さあ、我が名を呼べ、樺島尊毘! 汝のやるべき事を果たせ!』


 ビシャモン天の姿が消える。

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