決戦前

 真夜中、男爵を追って、カルンスタイン領内の湖へ。


 向かうメンバーは、オレとカミュとセェレの三人だ。



 桜花団の一人が、道案内を引き受けてくれた。ボートの後方で櫂をこぐ。


 木製のボートに乗って、真っ暗な湖面を渡る。


「湖の向こうに、明かりが灯っているだろ。あそこが、男爵の屋敷だ」

 ボートを漕ぎながら、桜花団が教えてくれた。


 静かだ。とても最終決戦に赴く場としては相応しくない。

 だが、それが逆に不気味だった。


「ボクたちには、やるべきことがある。それが済んだら、ボクはいつ死んでも構わない」

 聖女の前だからか、カミュはとんでもない決心を口にした。

「もし、カルンスタイン王がボクを処刑するというなら、引き受けよう」


「バカ言うな。あんたは世界を背負う人間だ。人間に焼かれるなんて」


 確かに、カミュを、カーミラを差し出せば、隣国を攻めるなんて考えなどないと主張できる。

 だからって、どうしてカミュが犠牲にならなきゃいけないんだ?


「ボクは魔族だよ。それに、ボクは世界を手にしたいとも思わない。せいぜい、悪巧みをしている奴らを蹴散らすことだけだよ」

「お前さんなら、悪い奴らがデカイ顔ができない世界を作れるさ」

「そうかな? 人間は弱い。ボクは、彼らの弱さを受け入れることはできても、根元からは正せないよ。それは、王族にだって無理だ。自分で変わらなきゃ」


 人は、他人によっては変わらない。

 それが、カミュの考えだった。


「オレは、あんたのおかげで変われたぜ」


 生き直すチャンスをくれたのは、他ならぬカミュだ。


「あんたには、本当に感謝しているんだ。考え直してくれ」


「キミは元々、優しい人間だよ。でなければ、ゾンビになってもそこまで悩まない。感謝するならボクじゃなくて、ビシャモン天にだろ。これからは、ボクじゃなくて、ビシャモン天の導きによって生きるんだ」


 オレは、黙り込む。

 そこまで言われたら、オレはカミュを止められない。


「屋敷が見えてきたぜ」

 話題をそらす。


 ペダン帝国はとっくに向かったらしく、数隻の船が湖畔に止まっていた。


「わたしは、二人がどんな生き方を選ぶべきかなんて、道を示せません」

 聖女が、らしくない言葉を放つ。

「ただ、どうしても生きるのがイヤになったら、わたしに言って。友達のよしみで、苦しまないように天へと返します」


「ありがとうな、セェレ。お前に聖女の加護があらんことを」


「ありがとう、トウタス」


 オレたちの船も、目的地に到着する。


「トウタス、妙だと思わないか?」

 陸地に足を踏み入れた途端、カミュがそう語りかけてきた。

「ああ。イヤな予感が、ビンビンするぜ」

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