国王の檄

「国王自らお出ましになるとは」「見ろよ、王様の周り。警備兵が誰もいないぞ?」「兵士は何をしているんだ? お守りせねばならんのに」

 状況を見守る民衆から、次々と動揺の声が上がった。


「何の用件でございましょう、将軍閣下?」

 ゾッとするほど低い声で、国王は将軍に告げる。

 だが、その表情は伏し目がちで、俯いていた。

 

 余裕たっぷりの声色で、ペダンの将軍は鼻を鳴らす。

「カルンスタイン国が、我が国をグールに襲わせた容疑が掛かっております。ことが事実ならばですな、国王、重大な国際問題になりますぞ! もし事実なれば、神の名において今すぐ国をお取り潰しに……」


 将軍が話し終える前に、国王は天を仰ぎ、豪快に笑った。

 さっきまでの気弱そうな姿とは、まるで違う。


「何が、おかしいのです?」



「ほほう。では皆様は、我々がペダンのような『小国』をお相手致す、とでもお考えで?」


 その言葉には、さすがのペダン帝国将軍も黙っていない。

「しょ、小国!? 偉大なる我がペダンを小国呼ばわりですと!? 聞き捨てなりませんな! 領土は倍! 兵力は更に倍である、我がペダンを」


「小国でしょうが」

 国王は一切訂正しない。

「あれだけの領土を持ちながら、たった二〇万ぽっちの雑兵を寄越すなど。しかも皇帝陛下自ら剣をお取りにならぬとは。これでは、貴国の性根が知れておりますな」


 ケチを付けるわ、向こうの国王を小バカにするわ。この国王、ノリノリである。


 煽り耐性ゼロの将軍が、柄に手をかけてみるみる赤面してきた。

 だが、ヘタに攻撃すれば戦争になる。

 耐えなければならない状況だ。 


「しかと聞け、みなの者!」

 そんな将軍の心境などシカトして、国王は大声を発する。

「にっくきリ・ッキの襲撃により、我々は多くの同胞を失った! さらに隣国ペダンは、我が国にあらぬ嫌疑をかけ、二〇万の兵力をもってカルンスタインを攻め落とそうとしている。まさに、泣き面に蜂である!」


 カルンスタインの国王が、スピーカーもなしに、民衆へ語りかけた。

 どんな声だよ。国中に響いているんじゃねえか?


「我は弱い! 戦において、二〇万の兵どころか、たった数名の兵隊が相手であっても、我は軽く捻り潰されるであろう!」


「よく言うよ。一人で皆殺しにできるでしょうに」

 国王の演説に、カミュはひとりごちた。


「だが、我が死んだとしても、それはたった一人の老人が死んだに過ぎない! 国が滅びたことにはならぬ! なぜなら、カルンスタインは、国民の一人一人が王! 一人一人が国! 一人一人が神であるからだ!」


 人さし指を立てて、国王がその手を天に向ける。


「みな、それぞれが一つの国や、神を背負っておる! みなの誰か一人が、カルンスタインを背負えばよいのだ! 自らの意思で!」


 続いて、国王は隣国の兵隊を指さす。


「隣国は、二〇万! 対して我々は四万程度の国力! だが、恐れるな! かの国の神は一つ! こやつらがいくら束になってかかって来ようが、所詮はたったひと柱しか神は味方せぬ。こやつらも、そんな神のシモベである! 神である諸君らにかなうはずなし! そんな国に、我が国が攻め込む道理はあろうか? 相手になどせぬわ!」


 民衆に問いかけた後、国王の目線はペダンの軍勢へ。

 

「ペダン帝国の方々、もし、我々を押し通すというなら、四万の国、四万の神を相手にするのだと心得よ!」


 演説が終わって、民衆から大歓声が上がった。 


 

「さて、将軍閣下」


 国王が、今度はペダンの兵隊長の方へ向き直る。

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