ヘルヴァ王女の最期

 自分だけが助かろうとしているのか、ライニンガーで起きたことを語り始めた。


 ライニンガーと言えば、大賢者テムジンを生み出した、偉大なる魔法都市である。

 しかし、光あるところ影もまたあり、というべきか。

 邪神のしもべ、リ・ッキまで排出してしまった。


「リ・ッキは、ライニンガーに保管されていた書物が人格化した魔物ですわ。悪しき感情を持っていた軟弱な魔法使いが、周囲を見返そうと邪教に手を染めたの。邪教の存在を書き記した書物は魂を持った。やがて、執筆者である魔法使いの身体を乗っ取って、この世界に魔物が現れた。こうしてノーライフキングは生まれたわ」


 感情を持った物質、それがリ・ッキの正体だったのである。


「なるほど。元々この世界の人間じゃなかったのか」

「人間の心なんて持ち合わせてないわけだぜ」


 リ・ッキを作り出した王国の烙印を押され、ライニンガーの信用は失墜した。

 各国から締め出しを食らったのである。


「その最たる国が、ペダン帝国だね?」


 カミュの問いかけに、ヘルヴァは饒舌に悪態をつく。


「ええそうよ! あの国ときたら! こちらが繁栄しているときはいい顔しおって。いざこちらの立場が危うくなったら、資金繰りを止めやがって! おまけに、最後の王家たるわたくしは、王国の呪いを一手に引き受けさせられて!」


 ペダン帝国は、ライニンガーと取引をした。

 ライニンガーを滅ぼさない代わりに、王家を追放せよと。


 逆らえば、待っているのは異教徒狩りだ。


 王家は抵抗したが、とうとう追放されてしまう。

 王女は呪いまでかけられて。


「ライニンガーは、あなただけに不幸を押しつけたのか? すべて王家の責任だからと?」


 サティが尋ねると、ヘルヴァは苦々しい顔をした。


「その通りですわ! わたくしは生け贄にされたのですわ! 国の存続のために! 父上は狂気に侵され、災いを取り除く方法を求めた。邪教が広めた災害だというのに、その邪教にまで、リ・ッキにまでしがみついて!」


 彼女がこの世界を恨むのも、無理はない。

 だからといって、許すつもりはないが。


「おそらく、その過程でキャンデロロ男爵は」

「リ・ッキに取り込まれたワケか」


 男爵も、被害者だったわけだ。


「ほーお。では、すべてリ・ッキの策略故、と?」

 這いつくばっているヘルヴァに顔を近づけ、サティが問いかける。


「そうよ。そうに決まっているわ! ワタクシはハメられたのよ! 全部罠! ノーライフキングのリ・ッキが仕組んだ、卑劣な罠よ!」

 いひひ、といった引きつった笑いを、ヘルヴァは浮かべた。

「全部しゃべったわ! もう分かったでしょ? すべてはリ・ッキが悪いの!」


「よくわかり申した。では」


 口元をつり上げているヘルヴァの顔面に、サティの爪先がめり込んだ。


「がは、なぜ」


 サティの足が、困惑顔になったヘルヴァの頭蓋を踏み砕く。


「あなたに用はありません」

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