おっ母なんて、いねえんでぃ!

「兵の一人が、銀髪のお主を見かけたと。あまりにも、生前の伯母そっくりだと」


「人違いでございます」

 きっぱりと、強い口調でカミュは言った。


「では、カーミラ・カルンスタインという女性の名前に、心当たりは?」


「さて」と、カミュはとぼける。「まさか、そのお方が権力ほしさに、王様のお命を狙いになると?」


「敵の正体が謎に包まれているのだ。私は敵も多い。魔族と共に歩む道を決め、腹をくくったつもりだが、疑心暗鬼になっている。そこで」


 一旦言葉を置いて、国王は大きく深呼吸をした。


「もし、カーミラ殿がご存命なら、本心を聞きたいと。望むなら、国の一部を納める許可も」


「……は? 王様、今、なんとおっしゃいましたね?」


 まずい、王様、あんた地雷踏んだぞ。


「私は、彼女に殺されても仕方ない。せめてお話だけでも聞きたいと。おそらく生きていれば、お主とそっくりの顔になっているはずである。よって、探してもらっていたのだ」


「なに言ってやんでい!」

 カミュが激怒の声を上げた。


「なにが、今更カーミラだ? 誰が跡継ぎだと? 笑わせんじゃねえ!」

 べらんめえ調が、ますます強くなる。


「き、貴様!」

 騎士たちが一斉に槍を向けてきた。

 だが、かかってこない。

 オレたちに敵わないと分かっているからだろう。


「そのカーミラ何某でしたか、きっとこう言いましょうや。テメエの地位なん興味ねえって。魔物と人との間に生まれても、血筋は関係ねえ、ってな!」

 カミュも、殺されるのを覚悟で語る。


 が、カルンスタイン王は納得しない。

「しかし、その瞳、目鼻立ちは、まさしく先代エリザベート姫の血族」


「おいらにおっ母はいねえんでい!」


 王を拒絶するかのように、カミュは語気を強めた。


「生まれたときから、あっしは親なしでござんす。国王のご先祖様に似ているというのは光栄です。が、他人の空似でしょう」


 おそらく王様は、これまでの義理立てしようとする。

 王家の重要なポストに、カミュを立てようと。

 おそらく不自由しているであろうと思って。


 だが、カミュは首を振った。

 他の王族に対して、仁義を立てたのだ。

 ヘタに「自分は王族の血統だ」なんて認めれば、国王の威厳は崩れ、確実に混乱を招く。

 見ず知らずの混血魔族を王に立てたとあれば、国家の威信など軽く消し飛ぶ。

 となれば、ペダン帝国が調子に乗って攻めて来かねない。


 黙っているしかないんだ。

 喋り方まで捨てて、赤の他人を装うしか。

 認めてくれている人はいるのに、自称はできないのだ。


「オレのおっ母はね、月にいるんだ。会いたくなったらお空を見上げまさあ」

 カミュは、そう締めくくった。


 やりきれねえ。男だぜ、あんた。


「疑ってすまなかった。では、気をつけて帰宅するように」


 城から帰され、オレはカミュと出店巡りをする。

 少し、羽根を伸ばしたい気分になったからだ。


「とにかく、まだ取引まで時間がある。メシュラに急ごう」

 苛立たしげに、カミュが急かす。


 が、オレは引き下がらない。


 また、宿に戻ったら慌ただしくなるから。話をするなら今だ。


「いいのか、カミュよぉ」

 帰る際、カミュに尋ねてみた。


「いいんだ。ボクはこの国が平和なら、それで」

 足を止め、カミュは月明かりを見上げる。


「決めた。ボクは、両親が残したこの国を命がけで守るよ」

「それが、お前さんの決意なんだな。後ろ盾もなく、帰る故郷まで自分でなくしちまって」

「キミ達のいる場所が、ボクの帰る場所だ。カルンスタインとか、なんとかなんていう、国名じゃないんだよ」


 カミュは子ども時代、孤独を感じていたという。

 仕える者すべてが、カルンスタイン国王だけを見ていたからだ。


 自分は添え物。


 そんな気持ちが、カミュを支配していたという。


「両親を亡くして、ボクは孤独になったと思い込んでいた。でも、サティがずっと仕えてくれて、キミと友達になって。タマミちゃんまで。だから、今は少しも寂しくないんだ。誰かと繋がるってさ、こういうことなんだね」

「そうだな。賑やかになったもんだぜ」


「キミがそうしたんじゃないか。アハハ」

 笑いかけながら、カミュはオレの肩に手を置く。

「ありがとう、キミがいてくれて、ボクはどれだけ救われたか」


「おう、おううう」

 言葉にならない声が、オレの口から漏れた。


「泣くなよ、みっともない」

 カミュに指摘され、ようやく自分の状態を知る。


「いや、これは、オレのじゃねぇ」


 オレの頭に、水の一滴が落ちた。


 鉛色の雲が空を覆い、小雨が降り注ぐ。


 手を広げながら、オレは雨を顔から浴びた。

「へへ、見ろよ。お月さんがもらい泣きしてらあ」


「濡れて帰ろうか」と、カミュも返す。


 宿までまだ距離があるのに、雨脚はドンドン強くなっていった。服も重くなる。

 なのに、清々しい気分だ。


「どうしたの、二人とも、ビショぬれじゃない!」

「おにいちゃん、かぜひいちゃう!」

 宿へ帰宅後、濡れネズミになったオレたちを、ソフィーとタマミがタオルで拭く。


「ちょっとバカをやってな」

「まったくだね」

 オレとカミュは、二人で笑い合う。


「なあ、タマミ、すまんが、しばらく戻らねえ」

 急に真面目になったのが妙だと悟ったのか、タマミも真剣な顔になる。

「ボクたちは、メシュラという街へ、調査に向かう」

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